2009年02月10日
コメントへの返信
Posted by miyakojima at 1月10日さんへ
忙しく今日までブログに目を通していませんでした。選挙の裏情報を分かると言う事は中山さんも経験して来た事、という事はまさにその通りです。
だからそのような選挙の仕方では、宮古島は崩壊すると思うのです。
Posted by 東風平 at 1月12日さんへ
藤村を応援している方が中山を褒めるとは?あり得ないと思いますので多分、皮肉でしょう。そして「そうぞう」も「21世紀新風会」も立派な利権団体です。ただの保守じゃなくて、保守以上の利権団体です。
ちなみに、保守も革新も利権団体です。組織選挙はすべて利権選挙です。その最悪が第三の利権団体「21世紀新風会」です。
Posted by miyakojima at 1月12日さんへ
miyakojimaさんが東風平さんかどっちですか?
私は市長は「業者主導、党派主導では利権行政は変わらない!」と出馬しただけです。
Posted by 市民 at 1月17日さんへ
スポーツイベントの数々についてはお答え出来ません。そのあり方についてはゆっくり検討して、いずれお答えさせて頂きます。ヨロシク!
Posted by 市民 at 1月24日さんへ
申し訳ありませんでした。でも、正直申し上げて、忙しくて自分の意見を言うだけでもいっぱいです。時々目を通しますので、あなたの意見は参考になります。投票しないのも当然あなたの権利です。でも、した方がいいですヨ。自分自身にでもネ。
あえて言えば、選挙は結局、消去法です。ロクな候補者はいません。ものすごく現実的であり、金がからみます。中山誠みたいな純粋な理想さを求める人間は、政治家には向いていませんので投票しないのもある意味正しいかも知れません。
だけど、「私の質問に答えないから馬鹿みたい!だから投票しません!」と言う人は、投票する意味すらないと思います。
もう一つ、付け加えてますと「ブログは私の考えを述べる場です」ブログで当選するのは宮古島では、あと早くて20年かかります。多分100年!
でも、自分の考えを述べるにはもってこいの貴重なツールです。皆様からの批判は歓迎しますが、残念ながらツマラン批判が多い事はちょっと悲しいです。「建設的批判」を期待しております。
宮古島をもっと良くする為には「もっとこうしたい」「こうすべき!」とのご意見なら大歓迎です。
Posted by 有権者 at 1月24日さんへ
ブログの更新が立派な選挙違反とは知りませんでした。候補予定者説明会での選挙違反についての項目説明にもありませんでした。今回調べてみましたら、確かに「ブログ等も内容によっては選挙違反になる場合がある」との説明がありました。今後はどの範囲が選挙違反になるのかを調べてみます。ご指摘ありがとう!
でも、多分私の選挙はこれで終わりです。私のブログ、新聞投稿を読めば分かりますが、選挙委員会のあり方、党派主導、業者主導の選挙のあり方がすべて利権に結びつく、と言う事で私は立候補しており選挙違反の細部を問題にしているわけではありません。勿論、買収を初めとして、島中に開き直って大々的に行われる選挙違反は改めるべきであり、それへの批判もしておりますので、今後は「ブログ」についても勤勉いたします。
Posted by 一有権者 at 1月23日さんへ
久しぶりに笑いました。ありがとう!!
ホントに世の中には救えない馬鹿がいるのだネ。
「それまでに削除するなら何なりと」…へそで茶を沸かすとは、この事でしょう。一有権者としか名乗れない臆病な馬鹿を相手にして返事を書くのは勿体無いけど…是非警察に通報して下さい。中山誠からくれぐれもヨロシクお願い申し上げます。
Posted by 泡沫候補 at 1月25日さんへ
フーン。すごい知識ですね。一般の方が中山誠市長候補に公職選挙法の指導をするんだから。それとこれは開票前の書き込みだから「なれるはずないけど」と言うのは失礼だネー。
ついでに言えば、中山誠の何10倍の選挙違反をしている候補者たちへのコメントも是非書き込んで下さいネ。
これがフェアでしょう。
Posted by miyako at 1月26日さんへ
供託金没収です。想定外でした。悪くて4500票と思っていました。早速、銀行と相談中です。
お疲れ様ですはいらないから、金を貸して下さい。
Posted by miyakojima at 1月26日さんへ
本当に何回ものご意見ありがとう。と、言うよりも他人のブログをこれだけ興味を持って見るのは何の為ですかネ。
あなたのような人がいるのが「宮古の不幸」だと言う事に気がつかないのですか?
Posted by 1/388 at 2月5日さんへ
ブログでは選挙後、今日初めて見ました。
私が立候補したのは単に「選挙違反」の事だけではありません。あなたはちょっと単純すぎますネ。もっとさかのぼって私のブログを読んでみて下さい。
「残念ながらあなたの一票は返せません」あなたが残念と言うのは、多分私は嘘だと思います。つまり、私は「ポスターの事だけ」を言っているのではないからです。
Posted by 東風平 at 2月9日さんへ
敏彦を最初に担ぎ出したのは私ですから、敏彦の長所はあなた以上に良く知っています。
だけど、敏彦だろうが誰だろうが、党派主導、業者主導で当選した市には真の改革は出来ません。
問題は、「ポスター」ではありません。それと政策は当然読みました。残念ながら、財源についても実行プログラムの詳細についても一切何もありません。実際、市長になってから改革を進めていると言うのは、敏彦本人もちょっと褒めすぎとテレますヨ。お互い、半年後、一年後に期待しましょう!
最後に読者の皆さんへ。
今日、数ヶ月ぶりに自分のブログを見ました。選挙がらみの書き込みで、中山誠に賛同された方々へは心からお礼を申し上げます。中山誠を嫌いな方々へも、今回は反論…?させていただきました。
ただし、今後、私は私のブログで色々と提案いたしますが、皆様のご意見に対する返事をする事は多分コレdす。その点は御承知の上で書き込みなりするのは結構ですし、それに不満なら読まなくても当然OKです。よろしくご意見下さい。
忙しく今日までブログに目を通していませんでした。選挙の裏情報を分かると言う事は中山さんも経験して来た事、という事はまさにその通りです。
だからそのような選挙の仕方では、宮古島は崩壊すると思うのです。
Posted by 東風平 at 1月12日さんへ
藤村を応援している方が中山を褒めるとは?あり得ないと思いますので多分、皮肉でしょう。そして「そうぞう」も「21世紀新風会」も立派な利権団体です。ただの保守じゃなくて、保守以上の利権団体です。
ちなみに、保守も革新も利権団体です。組織選挙はすべて利権選挙です。その最悪が第三の利権団体「21世紀新風会」です。
Posted by miyakojima at 1月12日さんへ
miyakojimaさんが東風平さんかどっちですか?
私は市長は「業者主導、党派主導では利権行政は変わらない!」と出馬しただけです。
Posted by 市民 at 1月17日さんへ
スポーツイベントの数々についてはお答え出来ません。そのあり方についてはゆっくり検討して、いずれお答えさせて頂きます。ヨロシク!
Posted by 市民 at 1月24日さんへ
申し訳ありませんでした。でも、正直申し上げて、忙しくて自分の意見を言うだけでもいっぱいです。時々目を通しますので、あなたの意見は参考になります。投票しないのも当然あなたの権利です。でも、した方がいいですヨ。自分自身にでもネ。
あえて言えば、選挙は結局、消去法です。ロクな候補者はいません。ものすごく現実的であり、金がからみます。中山誠みたいな純粋な理想さを求める人間は、政治家には向いていませんので投票しないのもある意味正しいかも知れません。
だけど、「私の質問に答えないから馬鹿みたい!だから投票しません!」と言う人は、投票する意味すらないと思います。
もう一つ、付け加えてますと「ブログは私の考えを述べる場です」ブログで当選するのは宮古島では、あと早くて20年かかります。多分100年!
でも、自分の考えを述べるにはもってこいの貴重なツールです。皆様からの批判は歓迎しますが、残念ながらツマラン批判が多い事はちょっと悲しいです。「建設的批判」を期待しております。
宮古島をもっと良くする為には「もっとこうしたい」「こうすべき!」とのご意見なら大歓迎です。
Posted by 有権者 at 1月24日さんへ
ブログの更新が立派な選挙違反とは知りませんでした。候補予定者説明会での選挙違反についての項目説明にもありませんでした。今回調べてみましたら、確かに「ブログ等も内容によっては選挙違反になる場合がある」との説明がありました。今後はどの範囲が選挙違反になるのかを調べてみます。ご指摘ありがとう!
でも、多分私の選挙はこれで終わりです。私のブログ、新聞投稿を読めば分かりますが、選挙委員会のあり方、党派主導、業者主導の選挙のあり方がすべて利権に結びつく、と言う事で私は立候補しており選挙違反の細部を問題にしているわけではありません。勿論、買収を初めとして、島中に開き直って大々的に行われる選挙違反は改めるべきであり、それへの批判もしておりますので、今後は「ブログ」についても勤勉いたします。
Posted by 一有権者 at 1月23日さんへ
久しぶりに笑いました。ありがとう!!
ホントに世の中には救えない馬鹿がいるのだネ。
「それまでに削除するなら何なりと」…へそで茶を沸かすとは、この事でしょう。一有権者としか名乗れない臆病な馬鹿を相手にして返事を書くのは勿体無いけど…是非警察に通報して下さい。中山誠からくれぐれもヨロシクお願い申し上げます。
Posted by 泡沫候補 at 1月25日さんへ
フーン。すごい知識ですね。一般の方が中山誠市長候補に公職選挙法の指導をするんだから。それとこれは開票前の書き込みだから「なれるはずないけど」と言うのは失礼だネー。
ついでに言えば、中山誠の何10倍の選挙違反をしている候補者たちへのコメントも是非書き込んで下さいネ。
これがフェアでしょう。
Posted by miyako at 1月26日さんへ
供託金没収です。想定外でした。悪くて4500票と思っていました。早速、銀行と相談中です。
お疲れ様ですはいらないから、金を貸して下さい。
Posted by miyakojima at 1月26日さんへ
本当に何回ものご意見ありがとう。と、言うよりも他人のブログをこれだけ興味を持って見るのは何の為ですかネ。
あなたのような人がいるのが「宮古の不幸」だと言う事に気がつかないのですか?
Posted by 1/388 at 2月5日さんへ
ブログでは選挙後、今日初めて見ました。
私が立候補したのは単に「選挙違反」の事だけではありません。あなたはちょっと単純すぎますネ。もっとさかのぼって私のブログを読んでみて下さい。
「残念ながらあなたの一票は返せません」あなたが残念と言うのは、多分私は嘘だと思います。つまり、私は「ポスターの事だけ」を言っているのではないからです。
Posted by 東風平 at 2月9日さんへ
敏彦を最初に担ぎ出したのは私ですから、敏彦の長所はあなた以上に良く知っています。
だけど、敏彦だろうが誰だろうが、党派主導、業者主導で当選した市には真の改革は出来ません。
問題は、「ポスター」ではありません。それと政策は当然読みました。残念ながら、財源についても実行プログラムの詳細についても一切何もありません。実際、市長になってから改革を進めていると言うのは、敏彦本人もちょっと褒めすぎとテレますヨ。お互い、半年後、一年後に期待しましょう!
最後に読者の皆さんへ。
今日、数ヶ月ぶりに自分のブログを見ました。選挙がらみの書き込みで、中山誠に賛同された方々へは心からお礼を申し上げます。中山誠を嫌いな方々へも、今回は反論…?させていただきました。
ただし、今後、私は私のブログで色々と提案いたしますが、皆様のご意見に対する返事をする事は多分コレdす。その点は御承知の上で書き込みなりするのは結構ですし、それに不満なら読まなくても当然OKです。よろしくご意見下さい。
マコトより
2009年02月04日
「敗戦記」-388人の想い-
まずはアグとして
「敏彦おめでとう。三度目の正直で喜びに輝く君の顔を見るのは本当に嬉しいです。そして何よりも千鶴子さんの笑顔!僕までホッとしました。本当におめでとうございます。」
ただし、これからが本番の始まりです。宮古島市の厳しい現状を再建するのは並大抵ではありません。「天才か、大馬鹿者か、神様」にしか出来ない、と私は思います。
まさに、宮古島市の新市長になる事は「貧乏くじ」を引いたのに等しい、苦しい厳しい選択をした事だと思います。現状最悪の市の行財政を改革し、10年後、100年後の宮古島市の平和と繁栄を築き、美しい自然を蘇生させようと真剣に考えて、真面目に取り組むのなら、自分自身が泥をかぶり、汗をかき、血の小便を流し、時に嫌われ憎まれる数々の苦渋の決断が待っている事でしょう。
心からのエールを贈ります。
「敏彦!負けるなヨ!」
さて、初めての市長選挙を戦ってみて、私は大敗を喫しました。そこで今後に続くであろう若い世代の為に、私の経験した「宮古島市長選挙」の実状を述べてみたいと思います。
発端は、およそ20年前に遡(さかのぼ)ります。11年ぶりに帰って来た古里の現状は、「土建行政」の嵐の中でした。
土地改良区の美名の下に、山も森も水ヌンアブも、嶽さえも削られ、トゥリバーの、島で最大の魚の産卵場も埋め立てられて、大地はほとんど畑となり化学肥料と農薬で地下水の汚染も始まり、赤土と生活排水で浜も汚れ固まり、磯からは貝も魚も小動物類も激減し、死に絶えようとしていました。
「森を失った文明は、すべて崩壊した」歴史の証明への無知ですネ。
その後、誕生した革新行政でもこの流れは止まらず、自然環境の破壊と汚染は進み続けました。追い討ちをかけて、バブルが弾け弱小土建業は潰れ、西里歓楽街は閑古鳥が鳴き、宮古島市に不況の風が吹き続けました。
その頃現れたのが「下地敏彦支庁長」で私の幼馴染の友人であり、彼は沖縄県のバリバリのキャリアです。
私の目には、まさに「救世主」に映りました。
三年後に、彼を担ぎ出して「平良市長選挙」に挑戦しましたが、残念ながら敗れました。確実に勝てる選挙だったのにです。組織の怠慢です。
更に4年後の市町村合併による「宮古島市長選挙」に下地敏彦を立てて、再挑戦しましたが、400票余の僅差でまたも惜敗。前回以上にそれこそ100%勝てる選挙だったと思います。
しかし、この選挙で一番びっくりしたのが、伊志嶺亮市長が仇敵の下地米一元市長と下地幹郎代議士親子に支持を依頼して、推薦を得た事です。宮古島はじまって以来とも言われる激しい選挙で市長になった元祖「宮古島選挙」の米一元市長を「打倒金権政治」の旗を掲げて倒した本人が伊志嶺亮市長ですから、まさに「青天の霹靂」でした。
私も伊志嶺亮の人柄を信じ、最初の当選を心から喜んだ一人として信じられませんでした。
ここから私の考えは大きく変わりました。
無為無策とは言われても、伊志嶺亮市長は平和を愛し、人権を守る「人柄」の人であり、文化人の紳士として市民、特に女性には大きく信頼されて来ました。
その本人が「選挙に勝つ為」に掟破りのスタンドプレーの反則をしたわけです。何と申し開きをしても、市民の目で見れば完全なルール違反です。
つまり、
「選挙は勝たねばならない!」であり、「きれい事では選挙は勝てない!」を実行し「クリーン選挙」を標榜して来た権威が地に落ちた瞬間でした。
又しても「宮古島選挙」です。しかも今回の方が質が悪い。
その後、私は考え続けました。このような選挙が続く限り、宮古島市は崩壊する、と。
党や会派や組織をバックにして業者の献金や活動支援がなければ戦えない候補者は、結局「組織の為」「業者の為」の操り人形ではないか。彼らには真の市民への想いや宮古島を愛する気持ちが欠けている。と思ったのです。権力が腐敗すれば利己主義が蔓延します。
案の定です。
宮古島市はスタートから不正の続出、不祥事の続出です。乱れに乱れました。しかも、これらの不正も不祥事も時と共に忘れ去られ、誰も責任を追及する者も無く、責任を取る者も取らされる者もいません。
私は新聞にも度々投稿し、ブログでは徹底的に追及し続けましたが、「ピクリ」とも変化はありません。
そうこうする内に、土地改良区の大量首切り事件が裁判となり、更に業務上横領事件も勃発しました。首切り事件に関しては、原告勝訴で土地改良区は敗訴しましたが、その最中に責任者の事務局長が沖縄県議選挙に出馬して、トップ当選を果たしました。
ビックリです!これには市民の多くが「マサカダラー」と言っておりましたが、選んだのはまさに市民なのです。
私は、ますます組織力で勝つ「宮古島選挙」への疑問が大きくなりました。確かに私も知ってはいます。選挙とは組織力で勝つものだ、と。
しかし、本当は違う筈です。候補者の能力、人柄、政策で決めるべき選挙が候補者は誰でもいいのです。逆に組織や党や会派や業者の言う事を聞く人物の方が彼らにとっては絶対に都合がいいわけです。
さて、その後更に不正は続出し「未工事代金の不正受給と不正支出」事件ではついに三名の逮捕者が出ました。そして続いて伊良部支所長の公金横領による逮捕です。支所長とは以前なら伊良部町長ですから根は深いのです。
これら一連の不正と不祥事の責任を取って、ついに伊志嶺市長は昨年12月31日に辞任となりました。
「私は市長職が好きだった。だから皆さんの不祥事の責任を取って辞任する私の気持ちを考えなさい」と伊志嶺前市長は最後の挨拶をしました。
まるで「私は悪くないが君ら職員のせいで辞めるんだ」と言うのでしょうか?
しかも、
給与、ボーナスはしっかり貰い、退職金も3年分で一千万円あるそうです。辞めれば責任は取れたのですか?更に国、県への7千4百万円の返還については「市民に一切負担させない」と明言していたのに「税金で支払う」そうです。これってどう説明がつくのですか?
そして、次期市長選挙の告示さえ待たずに3ヶ月の慰安旅行です。まるでトンズラの逃亡にしか見えないのは私だけですか?本当に無茶苦茶のやりたい放題です。市民はこれだけ愚弄されても怒りません。更に市民を笑うかの如く、革新統一候補の条件は「伊志嶺行政を継承する者」だそうです。まるでジョークですヨネ。
私も昔、下地米一元市長を徹底的に攻撃していた頃は「中山はバリバリの革新だ」などと言われてもいましたが、もし私が革新ならば恥ずかしくて今は道も歩けないと思います。
革新の皆さん。地に堕ちた革新を捨てて、「宮古島市民」に戻りましょう。皆さんは「平和な革新行政の15年間」と言うのでしょうが、市民にとっては「失われた苦しみの15年間」ですよ。
私はその間に「行政改革の最後のチャンス」や「新市長候補者に望む事」などを投稿しブログでも啓蒙し、警鐘を鳴らして来ました。
要約すると、「組織と業者に捕らわれない、公平公正で市民の為に私利私欲を捨てて尽くし、子供たちの為に美しい自然を蘇らせ、夢と希望とやる気を与える人物」「まず弱者にこそ光を当てて、市民の幸福を第一に考え、市民の為の政策を優先して取り組む人物」が市長の資質として望まれる。と何度も述べて来ました。そして、どのような候補者が現れるのか、と期待して待ちました。
残念ながら「市長になりたい人物」は続々現れましたが、一人で立つ勇気のある者、市民と島の未来を守る情熱と信念のある人物は一人もいません。
当然と言えば当然かも知れません。かつて宮古島で組織のバック無しで戦った候補者の例がありませんから。皆、一人では票にならない、組織をバックにしなければ勝てない。と思い込んでいるわけです。まぁ、結果的には事実ですが…。
そこで皆、「選考委員会」詣でをして、「私が市長にふさわしい。私を候補者にして下さい」と頭を下げるわけです。「市民に頭を下げる必要は無い!」に等しい行動ですが、実際に組織と業者が票は集めてくれます。資金も援助し、活動も支援し、票集めに島の隅々まで部落という部落の一戸一戸まで、票集めに奔走してくれます。
まさに勝敗は組織力の差であり、資金力の差で決まる「宮古島選挙」です。
さて、選考委員会が始まると、革新は割れて新風会に移動し、新風会も割れて自公に移動し、選考にもれた者は勝手に旗揚げし、まさに「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」の世界を地で行く、裏切りの世界です。どちらが勝ち馬になるか?と業者も何とかOBも挙句の果ては労組さえも右往左往です。
面白いと思えばこれ程面白い猿芝居はないのですが、事は宮古島市の未来と存亡に関ります。
そこで、ついに私も立候補を決断しました。
私の争点は「組織選挙の弊害を問う選挙」であり、「組織を選ぶ選挙」なのか「市長の資質を問う選挙」なのかです。
「弱者に光を当て、市民の幸福と未来を守る」のか「業者主導、党派主導の選挙」なのかです。
次々と各候補者が記者会見を行い、出馬を表明します。
圧巻は、第一に「そうぞう・新風会陣営」で次に「自民・公明陣営」です。双方とも100人を超える支援者に囲まれて気勢を上げます。
その他の陣営もやはり大勢に囲まれて意気軒昂です。
そして私の番です。
一人ポツンと…でもやっぱり意気は軒昂です。
しかも、テレビカメラが2社、新聞が6社、他1社の計9社の取材です。質問が次々に飛びますが、何年も考えて来た事ですから、私の答えは明解です。時に真面目に時に爆笑で会見は1時間半を越えました。
最後の質問は「ところで運動員やスタッフは?」と聞きますので、「皆さん、心眼で見て下さい。私の両隣りと後に5万人の支援者とボランティアが見えませんか?」…と答えますと皆さん「納得!」と言って爆笑してくれました。
…と言う事で
私だけ、たった一人の記者会見でした。さすがに、幕は開いたのですからのんびりとはしておれません。ある候補者は既に出馬表明の翌日には街中にポスターが貼られていました。選考漏れから2日目ですから、私もエッ!?と目が点になりました。2日で印刷は不可能ですものネ?
その後、各候補者のポスターが次々と街中、島中に氾濫して行きます。ポスター、看板、のぼり、旗、横断幕etc…まさに島中埋め尽くす程です。
でも、私には実行できません。何故なら、旧態依然たる従来の「宮古島選挙」に異議を唱えての立候補です。
これらの掲示物はすべて選挙違反なのです。
各選挙事務所そのものが、選挙違反の見本市です。堂々とテレビにも映り、新聞にも写真が掲載されますが、平気の平左です。「赤信号みんなで渡れば恐くない」なのでしょう。警察からも、選管からも何度も警告が出されましたが蛙の面にションベンで全く減りません。
これでは、まさに「正直者は馬鹿を見る」そのものです。私はただ指を銜(くわ)えて告示の日まで何もせずに待ちました。
怠慢!?
いえ、選挙違反は絶対にしない!と決めたからです。
その間にも皆さんは戸別訪問、街頭での宣伝挨拶、道に並んで手を振るetc…、次々とパフォーマンスが繰り広げられますが、これもすべて選挙違反です。
選挙管理法「候補者の手引き」って誰が作ったのですかね。選管の掲示板のポスターと告示後の宣伝カー以外は、ほとんどすべてが告示前でも後でも選挙違反なのです。戸別訪問や隊列を組んでの街の練り歩きなども、告示前でも後でも当然選挙違反ですヨ。それにしても他の皆さんはよくも堂々と選挙違反が出来るものですネ。勝てば官軍ですか?選挙管理委員会も警察もなめられたものです。
さて、愈々告示日です。
やれやれ、やっとです。
私も朝から宣伝カーを出しました。出陣式の問い合わせが私にもありましたので、生まれ里の「神屋嶽で神様に、市民の幸福と島の平和繁栄を祈り、無事に告示日を迎えました。と感謝を捧げるのが、私の出陣式です。と答えました。当然ですが島の守り神の漲水嶽にもです。
翌日の新聞には、各陣営とも盛大な出陣式で気勢を上げ、私だけがポツンと神に祈りを捧げていました。
そして、出陣式の私の第一声は生まれ里の南公設市場の跡地での演説で口火を切りました。街を一周した後には早速、久松、下地、来間、上野、城辺…と部落と畑を巡りました。キビ刈りの季節ですから部落はほとんど人の姿は見えませんでしたが、畑で走り転げながら挨拶をしますと「宣伝カーは毎日10回も通るけど、畑の奥まで走って来たのは中山さんが初めてだ。ガンバレ!」と言ってくれます。
宮古島、来間島、伊良部島、池間島の畑を巡り、400名以上の農家の方々と触れ合う事が出来ました。おかげで、告示の日に下したての靴は一週間でボロボロです。畑の畝に足を取られながらの50mダッシュはメタボ対策には最高でした。
二日目は関節痛が起きましたが、三日目から最終日までは走り回る事ができ、予想外の自分の足腰に感謝です。
更にビックリして嬉しかった事は、田舎の80歳過ぎのオジー、オバーが「中山さん、私はアンタの新聞投稿のファンだからネ。ガンバレよ。」と言ってくれた事です。30代~50代ぐらいの方には何名か同じ事を言われ、それも当然嬉しかったのですが、80代は全くの想定外でしたので、本当に驚き、嬉しかったものです。
池間島や伊良部島ではあちらこちらでオジーやオバーと踊りました。本当に明るい逞しい踊りの好きなお年寄りでいっぱいです。彼らも言いました。「車から降りて来て踊りだす人は、アンタが初めてサー」と。そして子供たちは皆「マコト、マコト、マコトが変える…」と笑顔で一緒に歌ってくれ、ガンバレーと叫びました。きっと彼らの記憶にも残る事でしょう。
本当に楽しい楽しい一週間でした。
票差では大敗でしたが、「カーギはあんたが一番サー」と言って貰った事も大満足?でした。
63ヵ年の人生でもっとも楽しかった一週間かも知れません。
総決起大会も皆さん何百名とか、千名も集めたそうですが私は3名で盛り上がりました。最終日の打ち上げも私たちは妻と佐久田君と3名で漲水嶽と神屋嶽で無事終了を感謝して終えました。
市民の皆様。私は400名余の市民の方々と触れ合い、語り、共に踊って、388票の貴重な票を頂きました。
だからこそ、本音で「悔いはありません。満足です」と答えました。
この388票が種であり、芽を出し、たわわに実ってたくさんの種籾(たねもみ)となり、いつの日か宮古島に広がると信じています。しかも私は、こうも考えています。残念ながら、投票に来られなかった12,306人の市民の皆様は私の味方だったけど、何らかの事情で投票できなかったのだろう、と。その上、色々なしがらみで他の候補者に投票した方々の中にも、本当は中山誠の隠れ支持者は30%はいるのだ、と。良識ある市民はたった388人とは絶対に信じられませんからネ。
つまり、中山誠の真の得票は388+12,306+αだから本当は大組織と一人で戦って私は勝ったのだ、と考えております。
今回も当然の如く買収も花盛りだったようです。
田舎のごく親しい隣近所の者には、牛を潰して肉を配ったそうです。「何頭も牛を潰すので大変だった」と笑っていたそうです。米一俵が一票になった地区もあり、特に離島では今回も何と!3万円~5万円が一票の相場になったそうです。数百億円の市の公共工事予算の1%をピンハネしても、数億円ですから、やる人によっては市長こそ一番儲かるビジネスなのでしょう。一億円投資しても勝てば安いものですね。勿論、その時点では候補者当人には伏せて業者が買収を行う事もあり得るとは思いますので候補者の責任とは即断は出来ませんが…
ちなみに、人口の1800人余の与那国町長選では一票3万円はタクシー代と言い、最低額だそうです。本当ですかネ!?
…と言うわけで、
たとえ隠れ中山ファンでも宮古島市民は律儀ですから、心ならずも何か貰ってしまえばきちんとその人に投票するのですね。そしてもうひとつ「頼まれれば嫌と言えない」島人の辛さです。
しかし、今後はもし買収されてもその人は駄目な候補者ですから絶対その人には投票しないで下さい。
今、宮古島市の現状は危機に瀕して崩壊寸前ですが、良識ある市民は増えつつあるし、市民の一人一人がやがて立ち上がって宮古島市を守り、真の楽園を再建する日が来ると信じております。その日が本当の私の勝利の日です。市民が真剣に立ち上がれば本当に「市民の力で奇跡が起きる」と私は信じています。
私は今後も愛する宮古島市の為に縁の下で力を注いで行きます。
多分、政治の表舞台に出る事はもう無いと思います。社員や妻や支援者は4年後リベンジしよう!と真剣に励ましてくれますが、私はそうは思いません。
例え、388粒でも種は蒔いた。それを育てる為の水撒きや施肥は行うが、それは私の本業である事業を育て拡大する中での余力を注ぐ事であり、私にとっての政治の表舞台への挑戦は、これが「最初で最後のチャンス」だったと言う事です。少なくとも私と388人からの警鐘は市民の耳にも届いた、と信じております。
市の再建、政策も新聞投稿とブログで数々述べて来ました。今回も政策チラシ等で公表して来ました。勿論、今後も可能な限りの提言は行いますが、多分表舞台への再挑戦はありません。だからこそ、こうして「敗戦記」をしたためて、市民の皆様への私からのエールにしたいと考えました。勿論、私としては「新市長へのエール」でもあります。
私のこれまでの提言や政策には一次、二次、三次産業の基本、根本に係わるのもいくつかあります。すべての改革はその悪しき原因を取り除き根本こそしっかりさせて初めて改革も再建もできると考えております。
新市長とは幼馴染でもあり、これまでは彼を支援、支持して来た中でもあります。今回は組織選挙を否定する意味で私も立ち上がりましたが、重なる政策も多々あります。
是非とも私の提案も一考されて、より優れた政策を立案され、市民の為に最も必要な政策から優先的に実施される事を願い、388人の想いを込めて私の「敗戦記」と致します。
「敏彦、道は険しいが市民の為に頑張れ!」アグより
市民の皆様。本当にありがとうございました。宮古島市民が幸福になり、未来永劫平和と幸福が続く事を祈っております。
388票への感謝を込めて 平成21年1月26日マコトより
2009年02月04日
388票への「ありがとう」 中山 直美
中山誠はいつも
「宮古島市はこのままでは大変になるヨ。だけど、これを阻止して再建するのは今の行政のあり方では不可能だ」
と話していました。
私が
「どうしたら行政を変えられるの?」
と聞くと、
「市長が正直な人格者であること、不正をしない私利私欲のない人。自分の権威やプライドよりも市民の幸福を常に考える人でない限り変わらない」
と言いました。
私達は店が終わった後に今日の反省として「お疲れさんミーティング」を軽く一杯やりながら行いますが、その時にもスタッフと宮古島の不祥事話などが時々話題になりました。スタッフ達は「会長、(中山誠)が市長にならない限り無理と思う」と言います。
何故なら、中山誠は普段から「昔はどんなに宮古の島々が美しかったか、浜も海も森も生命にあふれ清らかだった」と語ってくれます。
そして、「8万郡民と言って今よりも多くの人が台風の厳しい島で助け合って生きていた頃の方がずっと心は豊かだった」と言います。
私は、中山誠は本当に心から宮古の島々を愛しているのだなーと思います。そして、島の貧しい人々の事を心から心配して、子供達の将来に心を痛めているのだなーと思います。
それで、中山誠の市長選挙への出馬へは皆大賛成でした。
正直言って、
私は「勝てない」と思っていました。
これまでの選挙を見てきて、千名も集める様な組織には絶対に勝てないだろうな、と思っていたからです。
だけど、福祉予算や医療予算や教育予算が減らされたり、生活保護を打ち切られたり、健康保険料が2倍になったりで宮古島市は好き勝手やっているのに「弱い者を救おうともしない大変な状態を考えれば中山誠が出馬して、色々訴える事は役に立つ」
と思いました。
お金が足りないのは分かっていましたが、誠さんは一人で戦うからお金はあまり使わないと言うので、「一人で戦えるのかな?」と、思いながらも私は「大丈夫!何とかするから!」と。
そして中山誠は出馬表明し、一人で戦い始めました。
幸いにもその後、友人が数人スタッフと私、中山ドリームハンターズからも数人が応援に来て、選挙のバイトを含めて10人程度になりました。予想通りにも他の候補者には県や市の偉い人々や議員たち、親戚、友人、部落の偉い人達と更に大勢の業者がついて、すごい盛り上がりでした。
中山誠だけがポツンと一人ですから妻としてはやはり不安でしたが、結果も予想通りでした。
でも、一切の選挙違反をしないでたった一週間だけを島中の畑を走り回って、靴もズボンも泥だらけになり、服は汗でグッショリとなりながら7日間を戦ったのです。
誠さんは「全く悔いは無い。楽しかった。大満足だヨ」と言います。
私も負け惜しみでなく「中山誠を誇りに思います」
周りの人達も一人で走り回り、一人で演説をしている姿を見て、「中山誠の言うとおりに行政が動けば宮古島市の未来は明るいのに」と、そして「中山誠は男の中の男だヨ」と言ってくれました。
中山誠は結果を見て言いました。
超大型台風並の選挙違反の圧力にも流されずに「マコト」と書いてくれた388人の良識ある人々には心から感謝だね。宮古島市にも388人の中山誠が生まれたのだ。
と言うよりも「388人の中山誠がいた!」と言う事がはっきり分かって光が見えて来た。と嬉しそうに語っていました。そしていつか、きっとこの種は実るヨ!と笑顔を輝かせました。私も本当にそうだと思いました。
妻の私からも388人の市民の皆様に本当に心からお礼を申し上げます。
「388票、本当に本当にありがとうございました」
中山 直美
2009年01月23日
市民の力で奇蹟が起こる
選挙戦本番に突入して4日目を迎えました。
他の候補者の皆様はさすがに準備万端、出馬表明と同時に島中にポスター、旗、のぼり、横断幕が張り巡らされました。
…しかし、
これらのすべてが公職選挙法違犯です。
これらの違犯については選管より説明会もあり、手引き書もすべての候補者に手渡されておりますが、多分「赤信号、みんなで渡れば恐くない!」と、選管と警察署からの度重なる警告にも関らず、増え続けました。
残念ながら?私はこれまでの選挙のあり方を全否定しての立候補ですから、当然同じ事をやるわけにはいきません。ジッと我慢の子で、告示の日までは一切動きませんでした。
しかし、その間に他の候補者たちは大組織をフル動員してやりたい放題です。
昨日も今日も「期日前投票絶好調!」のタイトルが新聞紙上に踊ります。
期日前投票がこの調子だと、15,000票を上回るそうです。
「エッ!まさか?」
実質的投票数は35,000票程度ですヨ。
3分の1が期日前投票ですか?
3分の1が期日前投票ですか?
皆さん、旅行や出張ですか?法事でもあるんですか?
…つまり、
この期日前投票が曲者で大多数は買収です!
勿論、投票日の日曜日はキビ刈りが忙しい、と普通に期日前に行う人もいます。
しかし、過去の例で言えば、「寝たきりの人」まで車椅子で運んで投票させるそうです。それも米一俵とか、何がしかの金銭で「○○と書きなさい」と投票を依頼するわけです。
立派な!買収です。
つまり、投票日の前に既に「当確」が出ているかも知れないのです。
「期日前投票、絶好調!」やはり、「宮古選挙」は健在なんですかネ?
まぁしかし、このまま諦めるわけには行きません。
ここはひとつ、市民の皆様の良識を信じて「たとえ買収されてもその人の名前は書かない!」と期待し信じる事にします。
しかし、サスガ!恐るべし組織のパワーです。まさに「きれい事で選挙が勝てるか!」と堂々の宮古島選挙の王道を突っ走っています。
私は「一人で戦っても100%勝てない!」と言われ続けましたが、「私には5万人の市民が付いている!」と戦って来ました。
15,000人の期日前投票の内、良識ある1万人が私の名前を書いた!と信じる事にします。残すはあと3日です。
「マコト、マコト、マコトが変える。ミヤコ、ミヤコ、ミヤコを変える」
と島中を巡って可能な限り、市民一人一人と対話する努力を続けています。キビ刈りのオジさんやオバーは「宣伝カーは毎日何10回前を通るけど、畑の奥まで走って来て挨拶するのは、中山さんだけだヨ」と言ってくれます。
畑のウネに足を取られ、転げたりしながら走り回るのでヒザはガクガクの関節炎状態ですが、「私にはこの戦術しかありません」せめてもの誠意を示すしかありません。
歌は時々「ンギャマス!」とヒンシュクも買いますが、
子供たちは一緒に「マコト、マコト、…」と歌ってくれます。大人の方にはちょっとウルサクて申し訳ありませんが、私が一番望むのは「子供たちの希望ある未来であり、やる気、夢を育む事」ですから、一週間だけ辛抱して「マコト、マコト…」の歌を聴いてください。
お願いします!
…出来たら子供たちと一緒に歌って下さい。
これはちょっと虫が良過ぎですネ!?
さて、現在バイトが5名、沖縄から弟と友人が昨日応援に来て、更に宮古島の友人が2名で私を含めて10人で戦っています。
時々、妻や従業員も仕事の合間に一生懸命手伝ってくれます。
スゴイ戦力!少数精鋭パワー全開です!
10人対数百名、千名の組織との対決ですが、私たちは5万人の市民がついています!…と信じて燃えて張り切って頑張っております。
ブログ読者の皆さん。
中には「きれい事を言うな!」とか、御批判も頂いておりますが、一言いわせて下さい。
「きれい事でこんな難儀はしません!」
と。
私は本気で!宮古島市を変える覚悟で戦っています。
そして、島々を蘇らせるつもりです。信じない方は仕方がありませんが「共に戦いましょう」
違犯を繰り返し続ける他の候補者たちに宮古島市をクリーンにするつもりは全くありません。宮古島市を改革できる筈もありません。違反を繰り返す候補者たちは、過去の権力者と全く変わりません。
市議や業者や党や会派や組合団体etc…の利権軍団の大組織をバックにしてしか戦えない方々です。一人で立つ勇気も根性も信念も情熱もありません。業者のミコシに乗せられているだけです。同じ不祥事が繰り返され、不正がはびこる体質を変える事など彼らでは無理でしょう?私は彼らには不可能だ!と断言します。
今朝の2時にアメリカのオバマ新大統領の就任式がありました。
私は眠気を我慢して見ていました。歴史が変わった瞬間を共に体験したかったからです。
そして思いました…
あと4日後に「宮古島市の歴史が変わる」と!…市民の力で奇蹟は起きます。
中山 誠
2009年01月23日
中山マコトが目指す島づくり
①島々の自然環境を蘇生(そせい)させます。
「美しい自然を守ろう」と皆さん口々に言います。
でも既に宮古島の島々は死に瀕しています。
森も林も防風林さえなぎ倒され、畑は化学肥料と農薬で毒され地下水も汚れ始めており、磯では貝も魚もヒトデさえもいません。蝶々も蝉もトンボも減り続け、蛍を最後に見たのはいつの頃だったのでしょう。
「自然環境を守る!?」守る自然はもう残されていません。私たちが63年間汚し続け、壊し続けた自然は、これから63年間かけて蘇生させるしかありません。
私は自然破壊の原因を一つ一取り除き、改善策を実行します。魚も貝もエビもカニもあふれる島、鳥はさえずり、蝶もトンボも蛍も舞い踊る島を作ります。
②人々が助け合う島づくり
行政の仕事の基本は、まず「弱者に光を当てる事」だと思います。
これまでの行政は、生活保護を打ち切り、福祉予算、医療費予算、教育予算を減らし、高齢者医療費を値上げし、健康保険税を倍増させ…すべてが行政の使命と義務に逆行する「冷たい行政」を実行して来ました。
自分たちの給与、ボーナス、退職金、年金は手厚く支給を続ける中でとうとう昨年は「中体連」の費用、わずか30万円程度さえ、財政難を理由に打ち切り、中学生の夢を打ち砕いてしまいました。
だけど、本末転倒の思想、信条の人間を市長に選んで来たのは、私たち市民です。
昔々のように人々がお互いを信じ、助け合う島づくりを真剣に考え始めなければ宮古島はギスギスした社会になっていくと思います。
まず、市民が意識を変えてこそ、市の行政も変わります。「自分自身を犠牲にして市民に奉仕する人物」と信じられる人を市長に選んで下さい。
③自給自足できる島づくり
私は昨年、30年余の念願だった「原種・在来種の小麦と大豆の種」を伊江島に探しに行き、見つけて宮古島に持ち帰りました。
小麦は今スクスクと育ち間もなく30町歩分の種モミが取れます。大豆は2月の節分の日に種をまきます。
間もなく、サトウキビ、タバコの時代は終わります。
まして、世界的に食糧不足は始まっており、自給率の低い日本は飢えに襲われることでしょう。宮古島の食糧自給率は更に低いのです。
この危機をチャンスに変えて、
日本一豊かな農業を確立させたいと考えております。みんなで力を合わせれば不可能さえも可能になると信じています。
勿論、水産業も汚染を防ぎ、浜と海を浄化して根本から手を入れて、魚、貝、カニ、ウニ、エビすべてを増やし、豊かな儲かる漁業を確立し、これらの農水産物を原料として数多くの加工業の起業を促し、助成します。
③リゾートと街村の再開発による人の集まる島づくり
行政主導でインフラを更に整備して各種の優遇政策を示す事により、多くのリゾート企業を誘致します。
当然それに関連して、個人別荘やペンション、コンドミニアム、民宿、ドミトリー…ひいてはIターンの方々の住宅、アパートetc…とたくさんの事業計画が実現します。
私は一切の土建業の援助を断って、孤軍奮闘の選挙戦をしておりますので、指名入札に際しては特定の業者への指名入札は一切致しません。皆平等に自由に入札出来るシステムを確立させます。
しかし、真に困っている零細中小の業者に対しては特例として優先的な支援を実施します。
力の強い者、儲かっている企業、組織力信用力のある企業は、自力更生の力があるわけですから、特別に助けなくとも、堂々と仕事に臨めますが、資金力に乏しい弱者こそ優先的に助けるのが、まず行政の基本だと考えております。
融資援助、融資保障制度、社員育成補助etc…も含めて可能な限り、零細中小企業が立ち行くように心を配ります。これは土建業のみならず、すべての業者に対しての私の基本姿勢です。
毎日のように、新聞紙上では事務所開き、総決起大会、出陣式etc…の記事が載ります。
マティダ市民劇場などの大会場に800人だ千人集まった!と大きな写真入りで掲載されます。
私には「利権集団」にしか見えませんが、いかがでしょうか?議員、業者、その家族、親族を集めれば、確かに千人程度にはなるでしょうし、彼らが1人で10人の票を集めれば10,000票にもなるわけです。
兎に角、なり振り構わずに集めれば更に「勝ち馬に乗ろう」と業者は寄って来ます。農業委員会とか何々OBの会とか、元議員の会とかetc…すべては行政のからみのある面々ですから、やはり利権がらみです。「寄らば大樹の陰」であり、弱者や零細中小業者は見向きもされなくなる事でしょう。要するに負け組であり「負け犬」と切り捨てられるわけです。
こんな選挙をいつまで続けるのでしょうか?
市民の皆さん、「組織に踊らされないで下さい!」組織とは利権です。
真に市民の為に「一身を賭して、自己犠牲の精神で政治に立ち向かう」候補者を刮目して選んで下さい。
宮古島市の島々を希望あふれる島にして、子供たちにやる気と夢を与えられるのは市民パワーだけなのです。
真にクリーンな人と人が助け合う、美しい宮古島を市民パワーで再建しましょう。蘇生させましょう。
中山 誠
2009年01月23日
中山 誠は何故、市長に立候補するのか?
①中山マコトは最初に宮古島市の過去のウミを全部出させます。
まず、東平安名崎の入札なき、議会審議なき、地域への説明なき㈱吉野への売買契約問題の再調査をやります。不正と認められれば、当然契約を解除します。
その他数々の不祥事をすべて再調査して、責任の所在を明確にして責任を取らせます。
未工事代金支払いにより県、国への賠償に関して当時の伊志嶺市長は「市民に負担はかけない」と明言しました。
その後も給与、ボーナスを普通に貰い、退職金も約1千万円貰うとの話は納得できません。当然、7千数百万円の賠償金を責任を持って御自身で処理するように強く求めます。
他の候補者が誰一人としてこの事を訴えていない事に大きな疑問があります。
②中山マコトはこれまでの選挙のあり方を否定し、まず候補者の意識改革をこそ求めます。
一番分かり易い例は宮古島市の保守系労働組合「自治労連」、革新系労働組合「自治労」の推選を受けた候補者に宮古島市の職員数の適正化は出来ないと私は思います。
分かり易く言えば、自分を推薦して投票した人を「リストラ」できますか?
今後、宮古島市はおよそ500人職員をリストラしなければなりません。
それが「行政組織改革」であり、「財政再建」なのです。
彼等がそれを実行できると思いますか?
出来るのはヒモつきでない人だけだと思いませんか?
出来るのはヒモつきでない人だけだと思いませんか?
次に選考委員会詣でをして、論文を書いて「私を候補者にして下さい」という程度の「想い」でこの「100年に1度の困難」を乗り切れますか?
「市長になったら市民は市長と認め尊敬する」と思っているだけではないですか?
残念ながら、これまではそうでした。
しかし、宮古島市の現状は不正がはびこり、不祥事が続出し財政は危機に瀕して、民間は不況の大嵐にさらされているのです。ヒモつき候補者、嘘つき、約束違反者、裏切り者…節操の無い人間が市長になれば宮古島はもっと悪くなると思いませんか?
真剣に宮古島市市民の未来を守り、子供たちの模範となって夢と希望を与えるとの強い想いと不退転の決意があれば、まず「私が宮古島市の再建を身を犠牲にしても、どんな代償を払ってもやります!」と立候補する筈です。
その後に、党派、組織、団体、業者の推薦、受けるのならまだしも、最初に推薦、公認ありきで「業者主導」の選挙とは市民不在で本末転倒だと思います。
これまでの市長、権力者とどこが違うのでしょうか?
まず、候補者の意識、想いが変わらない限り、宮古島市を変える事など不可能です。ましてや21世紀新風会?その盟主は下地幹郎代議士である事と言われております。そこに公認の応募をするという事は何を意味するのでしょうか?
言わなくても明白でしょう!
③まず隗(かい)より始めよ。任期2期8年以内。給与・賞与。退職金半減!私の公約です。
まず、自分自身が謙虚になり「減私奉公」の信念がない者は、市長の資格はないと思います。
過去の市長は皆「権力者」だった、と私は思います。人事権があり、政策立案権、予算配分権etc…すべての決定権、つまり権力は市長に集約されます。勿論、議会審議もありますが、最終的に権力は市長に集中しています。
だからこそ、すべての市民の模範になり、謙虚な心で心身共に清潔に保ち、公僕としての義務を果たさねばなりません。
まず、宮古島市の財政再建の為には、自分の給与、ボーナス、退職金は半分以下にすべきでしょう。逆に何を市民の為に実現したかで市長の報酬は市民が決めるものであり、無為無策なら一円も払わなければいいのです。
駄目な市長は「給与、ボーナス、退職金はゼロ!」が本当です。まして、利権だ収賄などは即リコールです。15%カットとか一定期間(どの期間?)半額では甘い!と思いますが、いかがでしょうか?
そして、長期政権の腐敗率は確実に高まりますので2期8年までが適正だと思います。
まず、以上の3項目が私が市長に立候補した理由です。
つまり、旧態依然とした選挙組織を作り、同じような選挙活動する過去の権力者たちと全く同じ意識構造の候補者に宮古島市をまかせられない!と立候補を決意しました。
市長になって取り組む私の政策、公約は、およそ「100項目」以上も「8年後の宮古島」のチラシ等で公表しておりますので、一々申し上げませんので是非ともそれを読んで御検討下さい。他の候補者と違い、政策実行の為の財源についても述べています。
「一人の権力者で宮古島市は変えられません」
市民の想いが集って、はじめて議会も動き、職員も目覚め、総力戦でしか宮古島市は変わりません。つまり、宮古島市を変えられるのは「市民だけ」です!
中山誠は市民と子供たちの将来の幸福を願い、お手伝いをするだけです。
市長は権力者ではない!
市民の幸福を願い、市民の為に尽くす公僕である!
そういう市長はいましたか?
中山 誠
2009年01月22日
市民の力で宮古島を変える
市民の皆様の投票により、
間もなく新しい市長が決まります。
それぞれの候補者が
と言っています。
行財政改革、財政立て直し、農林水産業振興、雇用の拡大、教育、福祉、医療の充実、エコアイランド環境モデル都市づくり、美しい環境を守る、下地島空港の平和利用、ワークシェアリングetc…空手形の乱発のように裏づけは疑問です。
そして、市長になってそれを実行実現した市長はこれまで一人もいません。
私たち市民は、これまでに何十年間同じ政策を聞かされた事でしょう。
再建し、再生させ、蘇生させる為には、まず現状を否定して破壊しなければなりません。
家のリニューアルも壊してから始まります。
まして、宮古島市の再建改革は過去の清算にすべて結着をつけなければ、これからの将来も同じ事が繰り返されます。
そして、市民が目覚め、市民力を結集つけなければこれからの将来も同じ事が繰り返されます。
そして市民が目覚め、市民力を結集して、職員、議会、市民、市長、三役の総力戦でしか宮古島市を変える事は不可能です。
間もなく新しい市長が決まります。
それぞれの候補者が
「私が宮古島を変える」
と言っています。
行財政改革、財政立て直し、農林水産業振興、雇用の拡大、教育、福祉、医療の充実、エコアイランド環境モデル都市づくり、美しい環境を守る、下地島空港の平和利用、ワークシェアリングetc…空手形の乱発のように裏づけは疑問です。
それぞれの政策、公約はほとんど同じです。
過去の選挙でも同じでした。
過去の選挙でも同じでした。
そして、市長になってそれを実行実現した市長はこれまで一人もいません。
約束するのは簡単です。
でも、言葉だけでは何一つ変えられません。
私たち市民は、これまでに何十年間同じ政策を聞かされた事でしょう。
再建し、再生させ、蘇生させる為には、まず現状を否定して破壊しなければなりません。
家のリニューアルも壊してから始まります。
まして、宮古島市の再建改革は過去の清算にすべて結着をつけなければ、これからの将来も同じ事が繰り返されます。
そして、市民が目覚め、市民力を結集つけなければこれからの将来も同じ事が繰り返されます。
そして市民が目覚め、市民力を結集して、職員、議会、市民、市長、三役の総力戦でしか宮古島市を変える事は不可能です。
中山 誠
2009年01月09日
宮古島市はこのままでいいのでしょうか?
生き物たちであふれていた、あの美しい森や沼や海や砂浜はもう二度と戻って来ないのでしょうか?人々が助け合って仲良く暮らした島は、もう二度と戻って来ないのでしょうか?
私は、終戦の年の1945年(昭和20年)6月17日に台湾省台南市の旗山(キザン)という山の中で生まれました。
母は私を産んだ後、病いがちで私は生まれてすぐに母の姉(はつおばさん)に預けられたそうです。
父と母の故郷、宮古島に帰郷したのはその年の冬で、当時平良町内では疫病が流行っており、私たちは半年余りもパイナガマに隔離されました。
手持ちの食糧も無く、アザミの根や野草を食べて暮らしたようですが、私はそこで初めて歩いたそうです。
そのせいか、もの心ついた頃から近所のお兄さんたちにくっついて、毎日のようにパイナガマで遊んでいました。
小学校に上がっても、悪天候の日以外は、ほとんど毎日のようにパイナガマで遊び、それは6年生の2学期に沖縄本島のコザ市(現沖縄市)に移住するまで続いた本当に楽しい思い出です。
毎日のようにパイナガマに行くのは、
鬱蒼(うっそう)としたアダンとヤラブの森が、まるでジャングルのように広がり、砂丘のような砂浜の砂は白くてサラサラと細やかで、一面に浜昼顔のツタカズラの薄紅色の花が咲き乱れ、海は透き通って色とりどりの熱帯魚であふれている、楽園だったからです。
それはそれは、本当に美しくてまるで最後の楽園のようでした。
もうひとつの理由は、
家での食事は芋に一菜一汁程度の貧しい食事で、食べ盛りとしては量も足らず、パイナガマに行けば浜昼顔のカズラを束にして、ちびっ子全員で腰の深さから砂浜に向かってバタバタと音を立てて魚を追い込めば充分に全員分の魚が獲れて、それを焚き火で焼いて食べられたからです。
サトウキビは毎日のように食べれたし、芋も時々、久松のオジーの畑から失敬して蒸し焼き芋にして食べました。
(オジー、オバー、ごめんなさい。)
生まれてすぐに預けられましたので母乳は知らず、はつおばさんは独身で乳が出ませんので、私は1ヶ月に1回程度ヤギ乳を貰って飲む程度だったそうですから、乳児の頃は栄養不良だったと思います。
それを補って人並み以上に育ててくれたのが、パイナガマの大自然なのです。
当時の宮古島はいたる所、どこも同じように食糧品は足りず、経済的には厳しかったと思います。
しかし、宮古島の自然の恵みにより子供たちは皆、スクスクと育ったのです。
宮古島中いたる所に森があり、小山があり、ミズヌンアブがあり、沼やため池があり、小さな小川さえありました。
森では
いろいろな小鳥がさえずり、水辺には水鳥が遊び、秋にはサシバの群れが太陽の光を遮り、空を暗くして地上を影にしました。
この時期だけは子供たちはサシバで遊び、滅多に無い肉料理にありつけたものです。ちなみに、チビた下駄を錘にして、サシバの飛ばし競争をして遊びましたが、タリカスミーは駄目でキンミーが逞しく良く飛んだものです。
今では、激減して国際保護鳥のサシバですが、戦後の宮古島の子供たちを育て、東南アジアの人々を育てた救世主だったのです。
(ありがとう。サシバさん。)
森では、
ザウカニや野いちご、小山ではポーなど、野生の木の実、草の実の美味しかった事も忘れられません。
砂浜では、
足下を少し掘れば、貝がザクザク獲れ、磯ではシャコ貝やサザエやウニさえも欲しいだけ獲れました。
漲水の桟橋でも魚は入れ食い、宮古中の磯や岸辺はどこでも釣りのポイントだったのです。下地の入り江と与那覇湾はガサミとワタリガニの宝庫であり、大浦湾は貝の宝庫でどちらも魚があふれていました。
大浦から狩俣までの海岸線は前浜よりも真っ白で長い美しい砂浜でした。モズクも天然のモズクが生い茂り、スキで採って馬車で運び、畑の肥料にする程でした。
また、漲水の坂道を美しい赤い枝珊瑚を山積みした馬車が通り、ポロポロ落ちた珊瑚を子供たちは拾って家に持ち帰りました。
平良市内のどこの家にも美しい赤い枝珊瑚が床の間に飾られていたものです。今ならあの馬車で運んでいた珊瑚は数百億円の価値があったと思います。
皆貧乏でしたけど、宮古島は本当に豊かで美しい自然に恵まれた楽園の島でした。そして、皆仲良く助け合って暮らしていました。
昭和35年頃の日本内地の高度経済成長の波は宮古島にも徐々に押し寄せ、合成洗剤の時代となり、農業では化学肥料と農薬が使われるようになりました。
宮古島の商店街には輸入された食糧品があふれ、あらゆる商品が増え続けました。
私たちの生活も経済的には徐々に豊かになり、裸足の子供たちもいなくなりました。市内には水道も普及し、電気も灯りました。
でも、まだ水道の水は飲み水や煮炊きに使い、掃除や洗濯の水は遠くの井戸から汲んでいました。
電気もギリギリ暗くなるまでは点けず、早寝早起きで電気料を節約していました。
昭和46年(1971年)の本土復帰により時代も環境も激変していきます。
それは、私が26歳の時ですが、私も復帰直後に結婚し私自身にも大きな変化が訪れるわけです。
宮古島にも日本政府よりの地方交付金、公共工事補助金が年々加算増額されて行きます。それに伴い土木建築業は増え続け、関連する業者も増え続けます。
いわゆる、コンクリート行政の始まりです。
家々がコンクリート建てになり、台風への耐風化が進んだ事は良かったのですが、ほとんどすべての防風林はなぎ倒され、防波堤が築かれ宮古島中を取り囲んでいきます。
更に沖合いには、消波提が次々と築かれて潮の流れを変え、景観を見苦しくして、浜や入り江や湾を澱ませ、砂を堅くしていきます。
道路もコンクリートとアスファルトで舗装され、側溝も石積みからコンクリートのU字溝へと変り、汚染された家庭排水も農薬も化学肥料も海へと流れ込みます。
復帰後から37年間、このように森はなぎ倒され、山は削られ、沼も埋められ、ウタキの森さえもやせ細り、土地改良区の美名のもとで海岸線ギリギリまでサトウキビと煙草の畑が広げられ、多くの鳥や虫たちは激減し死に絶えようとしています。
まさに「沈黙の春」を宮古島は迎えようとしているのです。
鳥も蝉も蛍もトンボもゲンゴロウも水スマシもタニシも蛙もメダカも魚も貝もエビもカニもシャコ貝もサザエもあの可憐に群れ遊んでいた色とりどりの熱帯魚たちもタコもイカも磯の小動物たちも死に絶えた島、「宮古島」で私たちは何を夢見て、何に希望を抱いて、何を目指して生きていくのでしょうか?
あのキラメクような島、自然の恵みであふれていた美しい豊饒(ほうじょう)の島は既にもうありません。
人間だけあふれて、化学製品に囲まれ、輸入品に身を包み、輸入した食品を食べ、これらの品々を手に入れる為に争っているだけです。
すべての生き物たちが減り続ける中で、ペットだけが増え続けているのは皮肉なものですネ。
しかも、犬たちは我が家の庭でさえもヒモで繋がれねばならず、家に閉じ込められ遊び場は無く、一生走る事さえ出来ないのです。無駄な公園や不良のたまり場の公園はあちらこちらに次々に造られ、掃除や管理が大変だと迷惑がられているのに、犬たちが自由に走り回れる場所は皆無です。
無駄な公園、もしくはその一部でもペットたちに開放してこそ行政のおっしゃる自然との調和、すべての生命、生物との共存のほんのさわり程度にはなると思うのですが、いかがなものでしょうか?
コンクリート行政、土地改良事業etc…で自然環境を壊し続け、汚し続けてすべての議員も行政も市長も又、市長立候補者たちも「自然環境を守る」とおっしゃいます。
誰の為に自然環境を守るのですか?
「未来の子供たちの為に!」
…嘘でしょう!?
人間以外のすべての生命、生物、そして植物さえも死に絶えさせて、どこに「美しい自然」があるのですか?
子供たちに残されるのは、沈黙の御嶽であり、汚染された畑であり、汚染された水であり、汚染された海だけです。
人間だけあふれて、キビの穂だけが一面に広がり、煙草畑でお百姓さんが農薬を撒いている、将来に希望のない沈黙の島、汚染された島が残されるだけです。
防風林の変わりにコンクリートの堤防が島を取り囲み、側溝も道路もすべてコンクリート化、アスファルト化され、昔のナウサ道のように埃も立たず、石積みや土のドブのように、コケも藻も水草も生えず、水スマシやゲンゴロウの昆虫もいない「一見清潔」な人工的な環境が残されるだけです。
これまでの行政がやって来た事は「市民生活の向上の為」と言われて来ました。
しかし、果たしてそうでしょうか?
魚の産卵場の磯を埋め立て、港をすべて大拡張し、大量のコンクリートをこれでもか、これでもかと使い続けただけではないのでしょうか。
本当に「市民生活の向上の為」なのでしょうか。
環境を守ったのでしょうか?
市長や権力者や土建業者や関連業者の利権の為ではない!と断言できるのでしょうか?
ヨーク考えてみて下さい。
これまで宮古島を牛耳ってきた大物の顔ぶれを思い浮かべてみて下さい。
大物は大体土建業者であり、彼らが支援する政治家です。フィクサーである大物たちに牛耳られ、操られて来たのは誰でしょうか?
保守系土建業者と組んだ市長、議員、行政であり、革新系土建業者と組んだ市長、議員、行政です。
ようするに反自公だ、反保守系だ、という元校長先生や医者や労働組合やリベラル女性軍団も政治的にはすべて革新系土建業者がバックには控えており、手を組んでいるのです。
しかし、彼らはインテリであり、庶民の味方であり、平和と人権と環境を守る良心的な種族としての誇りがありますので、絶対にそれを認めようとしません。
絶対的に彼らは正しくなければならないのです。市をボロボロにしても一切彼らに責任は無く、決して認めません。
恐らく、
人間以外のすべての生物や植物が絶滅して土も水も海も汚染されても彼らは「私たちは必死にそれを守ろうとして、革新市長、革新県議、革新議員を立てて戦って来た!」と言うのでしょう。
保守系の人間は「商売人」であり、「企業経営者」であり、金儲けの為なら手段を選ばない輩だ!と思っているのです
(まぁ、大体はそうですがネ)
しかし、「私たちは違う!」とおっしゃいますが、果たして本当に革新は違うのでしょうか?
…という事を折に触れて、
私はブログで書いたり、新聞投稿したりしますので嫌われるわけです。
「居酒屋のシャクガマが何をエラそうに!」とあちらこちらで陰口を叩かれているそうです。
勿論、私は偉人でも聖人君子でもありませんので、完璧なる正義の味方とは言えません。
しかし少なくとも、これまでの政治のリーダーたちのように市民の税金を食い物にする気もないし、した事もありません。保守に対しても、革新に対しても「市民の立場」で是は是、非は非と言っているだけです。
時には批判が過激すぎるとの注告はある程度認めますし、時には適性不充分な市長候補者を応援した事もあります。候補者の中から消去法で誰かを市長に選ばなければなりませんので、やむを得ない事もあるわけです。
しかし、これまでの15年間の不況どころではない、100年に一度とさえ言われる世界同時不況に突入し、大恐慌さえ危惧されている中で宮古島市は市民への説明責任も無い、議会の承認さえ無い、入札も無い「密室談合的」数々の不正な契約や、やってもいない工事代金をそれも4千数百万円も業者に支払う、というまさに業務上横領とも詐欺とも言える大事件を起こしました。
市の議長と業者が逮捕され、ついには伊良部支所の所長(昔なら町長です)までも業務上横領罪で逮捕されました。
この事件では国から7千数百万円を返還するように請求されており、伊志嶺市長は「市民には一切負担をかけない」と断言しました。
という事は御自身の責任において支払うという事です。
しかし、
結果は全額市の予算、税金で支払う事になり、不思議な事に議会がそれを認めています。
市民の立場で見れば、市長の行為は「市長を辞めればすべてチャラになる」と言わんばかりですが、そんな馬鹿げた理屈に納得する市民はいません。
「市民に負担はかけない」と断言し公表したからには、約束を守る事が責任を果たす事だし、辞めて済むものではない筈です。
まして、これまでの15年間高給を貰い、年に2回ボーナスを貰い、平良市長としての三期12年間の退職金を貰っておりますので、貯えがたくさんある筈です。
不正を働いた課長共々、まずはこの7千数百万円を一括弁済した上で業者に返済を迫るのが筋であり、責任を果たす事ではないでしょうか。
議会も市長の約束責任を追及する立場でありながら、市民の為の貴重な税金を確たる理由も無いまま税金で支払う事を認めた事は職務怠慢であり、市民への詐害行為として、市長と同罪だと思います。
このように、
現在も宮古島市行政と議会の網紀のタガは緩みっぱなしで、締める者は誰一人いません。
まずそれを厳しく指摘し、責任の所在を明確にして責任を取らせる事から始めなければ、宮古島市の改革は建て前倒れの絵空事であり、今後も同じ事が繰り返され宮古島市の行政システムは崩壊し市民も道連れにされる事でしょう。
さて、
今回市長に立候補された方々の発言を聞きますと「私が変える!」「改革する」「市民生活を守る」ウンヌンの発言は皆おっしゃいますが、誰一人として過去の問題点、不正、不祥事をすべて再調査して、誰の責任かを明確にし、その責任を追及する「責任を取らせる」との発言が一切ありません。
何故でしょう?
当然です。
彼らには責任の追及など出来ないからです!
何故出来ないのか?
それは彼ら自身が従来型の候補者であり、従来通りに党派に推選や公認を頼み、組織や団体及び市会議員や業者を糾合して「勝てる選挙」を目指しているからです。
つまり、「宮古島市を守る」「市民を守る」想いよりも「市長になりたい」想いが強いのではないでしょうか。
要するに、まず「勝つ事」「勝てる候補者になる事」が彼らにとっての第一関門なのです。
分かり易く言えば、従来通り「勝つ為には手段を選ばず!」兎に角、大きな選挙活動組織を必死に作らねばならず、更に厳しく言えば「キレイ事では選挙に勝てない!」と考えているからです。
市会議員にせよ、業者にせよ、組織や団体にせよ、「協力をお願いし」「選挙活動に参加して貰い」「選挙資金」を提供して貰えば、当然当選した暁には見返りを要求されますし、又、与えざるを得ないでしょう。
つまり、彼らはもし「自分が市長になった時」に過去の市長と全く違う、従来型の行政のやり方を大改革して、公正公平にクリーンに行う事を表明し、断言する事は立候補を表明している段階で既に無理であり、不可能なのです。
もし
「違う!私は公平公正にやる!」と言うのでしたら、堂々と「過去の不正、不祥事をすべて糾明して責任の所在を明確にし、責任を取らせます!」と公約すべきであり、更に「私は支援者や業者への見返りを一切致しません!」「それを期待して応援される方や業者の皆さんの支援は一切受けません!」と、すぐに断言し公表すべきです。
私は断言します!
彼らでは宮古島市の改革は不可能です!
彼ら候補者の皆さんは個人的には能力もあり、知識も経験も豊かなひとかどの人物ばかりだと思います。
しかし、5万5千市民の現状を心から憂い、子供たちの未来を守り、宮古島市民すべての安全と幸福と平和を守る為に私利私欲を捨て、例えズタズタに傷ついても、一歩も引かずに改革を行い、例えどんな犠牲、代償を払ってでも最後まで市民の未来の為に戦う!」との覚悟が全く私には見えないからです。
見えているのはただ、「私は市長になりたい!」との個人的な望みだけです。
私は不思議でたまりません。
「自公推選」「革新統一候補」「21世紀新風会」「労組推選」etc…などの選挙事務所に群がるように集まっている市民の方々は「本当に彼らが良い市長になり、自分を犠牲にしてでも、市民の為に減私奉公する人物」と信じて集まっているのでしょうか?
ひょっとして、単なる義理と人情、利権やしがらみ…ではないのですか?
もしそうならば、「あなたの貴重な一票は無駄な一票になる」とは思わないのでしょうか?
だって、彼らには「本気で宮古島市行政を改革する」意志も意欲もないと私は思いますヨ。
仮にあったとしても、余りにも多くのしがらみがあり、クリーンな行政は不可能です。
あなたが宮古島を変えたい!と思うのならば、残念ながら彼らに貴重な一票を投票しても無駄なのです。
万一、そうなれば市民自身が子供たちの未来を奪っているのです。
「このままでいい」「別に誰がやっても同じだ」まして、「偉そうに言う中山誠には絶対票は入れない!」と思うのであれば、それは仕方の無い事です。
理屈抜きに嫌い、とか生理的に合わないという人もいると思いますので、それはやむを得ないと思いますが、「宮古島市の未来」だけは諦めないで下さい。
「のどの渇いていないロバを水辺まで連れて行く事は出来るが、水を飲ます事は出来ない」と言いますから、私がいくら「宮古島市民と子供たちの未来の為に、宮古島行政の大改革を実現しましょう!」と叫んでも、聞く耳を持たない人にとっては、馬耳東風であり、単なる犬の遠吠えにしか聞こえないのでしょう。
又、こんな話もよく聞きます。
「私は中山誠が大嫌いだ!」という人がいるそうです。
それで私が「その人は誰ですか」と聞いてみますと「○○さんがそう言っていた」と言うのです。
厄介な事に私は、その人とは一度も会った事もないし、見た事も話をした事もないのです。
勿論、私は下地米一元市長親子に厳しい批判を続けてきました。
(大米建設そのものにではありませんヨ。大米給油所は時々利用しますし、大米建設さんにも仕事を依頼した事もあります)
そして、伊志嶺亮元市長にも厳しい批判を繰り返して来ました。
市会議員の皆さんへの批判も当然ありました。
ですから、私を嫌っている人も多い事はよく知っています。彼ら自身から悪口を言われるのは、当然だとさえ思っています。
しかし、見ず知らずの方々が「中山誠は嫌いだ!」とは…?
多分、私を嫌いだと言う人から「私の悪口を聞かされているのだろうな」と思うしかありません。
ただ、私は
「元陸軍少佐で沖縄県傷痍軍人会会長で沖縄県傷害者技術訓練センター所長」で生涯、弱い立場の人に尽くした優しい父、中山勇吉から「悪い嘘は絶対つくな」と「誠」の名前をつけて貰いました。
鬼のように厳しかった母、光子も本人は商売の天才でしたが、常に「金より心。品格だヨ」と私に教え続けました。
育ての親の「はつおばさん」は「人に優しくしなさい」といつも私に教えました。
私はもの心ついた頃から63歳になる今日まで、その教えを守り続けようと考えてきました。
だから、「人を悪用する人」「人を傷つける人」「正義感のない人」には異常に「厳しい」事は事実です。
「白は白、黒は黒」「是は是、非は非」といつも明確ですから、当然嫌われる事もあります。
また、中山グループは
19年前に片道切符で無一文で宮古島に帰って来た私が、17年前に創業しましたが、当初から私は社員、従業員には「現実は厳しく見つめ、理想は高く持て!」と指導しておりますので、「世の中、甘くないから勝てば官軍だ」とか、「長い物には巻かれろ、寄らば大樹の陰」と言うタイプもあまり好きではありませんので、そう言う人には結構厳しく対応しますのでやっぱり嫌われます。
ちなみに「中山グループは、
17年前創業の最初から利益の
「25%は可哀想な人の為に使う」
「25%は従業員に還元する」
「25%は株主に配当する」
「25%は企業の成長の為に使う」
と決め、従業員にも公表して来ております。
そして、将来的には社員持株制にして「社員によるグループ経営にする」と断言して来ました。
私と妻には子供がいませんから、私は無一文から起こした「中山グループ」の目的は「社会奉仕」であり、「出来るだけ多くの社員を育て」可能な限り企業を大きくして「社員に譲る」事を目的として今日まで頑張って参りました。
そして、
この1年間は新しい株式会社を三社設立し、更に「宮古島市の経済発展の為に」寄与しようと頑張っている最中です。
しかし、余りにもひどい宮古島市行政は、今まさに崩壊寸前だと、常々警鐘を鳴らし続けて参りましたが、今回「数々の不祥事の責任を取って辞任した」伊志嶺元市長の辞任により次期市長選挙に立候補した皆さんと、選考委員会のあり方、選挙戦のやり方には全く、納得出来ませんので私も立候補を決意しました。
本来、
私自身も大切な仕事があり、今が正念場の大事な時期ではありますが、「個人の事業と宮古島市の未来を天秤にかければ、どちらが重いかは自明の理」であり、今「私が決断しなければ、宮古島市に未来は無い!」と真剣に考えたからです。
誰が次期市長になっても困難な仕事が待っています。
はっきり申し上げて最悪な状態の宮古島市を建て直すのは「不可能に近いぐらいの困難な仕事」であり、「神頼み」が必要なくらいです。
ですから、本音では私はやりたくはありません。
今「市長になりたい人」は「頭がおかしい人」か「利権を狙う人」か「ただ市長になりたいだけの人」だと思います。
つまり、
私は「頭のおかしい人」なのです。
過去何10年も、利権がはびこり、不正が行われ、不祥事が繰り返されて来た魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界を変えられるのは「天才か勇者か、頭のおかしい人」だけだ。
つまり、「普通の人」に今の宮古島市を変える事は不可能だと私は思います。
そして、私は一人で戦おうと決めた「頭のおかしい人」です。
でも、「市民の市民の為の市民による政治」を目指し、多くの心ある市民がバックにはいる、と信じております。
私はたった一人ですが、私は市民の皆さんの「市民党」がついていると信じて戦います。
さて、
市民の皆様、
宮古島市は「このままでいいのですか?」
「変えた方がいいのですか?」
私は断固として変えます!
自然環境も守るのではなく、昔の美しい宮古島の島々を蘇生させます。
すべての生き物が生き生きと活動していた美しい森と沼と海を蘇らせます。
しかし、決めるのは市民の皆様であり、あなたの貴重な一票です。
「宮古島市が変るのも変わらぬもあなた次第です」
つまり、宮古島市を変えるのは私ではなく市民の皆さんの総意であり、熱い想いだと思います。
最後に私の熱い想いを叫びます。
私は、終戦の年の1945年(昭和20年)6月17日に台湾省台南市の旗山(キザン)という山の中で生まれました。
母は私を産んだ後、病いがちで私は生まれてすぐに母の姉(はつおばさん)に預けられたそうです。
父と母の故郷、宮古島に帰郷したのはその年の冬で、当時平良町内では疫病が流行っており、私たちは半年余りもパイナガマに隔離されました。
手持ちの食糧も無く、アザミの根や野草を食べて暮らしたようですが、私はそこで初めて歩いたそうです。
そのせいか、もの心ついた頃から近所のお兄さんたちにくっついて、毎日のようにパイナガマで遊んでいました。
小学校に上がっても、悪天候の日以外は、ほとんど毎日のようにパイナガマで遊び、それは6年生の2学期に沖縄本島のコザ市(現沖縄市)に移住するまで続いた本当に楽しい思い出です。
毎日のようにパイナガマに行くのは、
鬱蒼(うっそう)としたアダンとヤラブの森が、まるでジャングルのように広がり、砂丘のような砂浜の砂は白くてサラサラと細やかで、一面に浜昼顔のツタカズラの薄紅色の花が咲き乱れ、海は透き通って色とりどりの熱帯魚であふれている、楽園だったからです。
それはそれは、本当に美しくてまるで最後の楽園のようでした。
もうひとつの理由は、
家での食事は芋に一菜一汁程度の貧しい食事で、食べ盛りとしては量も足らず、パイナガマに行けば浜昼顔のカズラを束にして、ちびっ子全員で腰の深さから砂浜に向かってバタバタと音を立てて魚を追い込めば充分に全員分の魚が獲れて、それを焚き火で焼いて食べられたからです。
サトウキビは毎日のように食べれたし、芋も時々、久松のオジーの畑から失敬して蒸し焼き芋にして食べました。
(オジー、オバー、ごめんなさい。)
生まれてすぐに預けられましたので母乳は知らず、はつおばさんは独身で乳が出ませんので、私は1ヶ月に1回程度ヤギ乳を貰って飲む程度だったそうですから、乳児の頃は栄養不良だったと思います。
それを補って人並み以上に育ててくれたのが、パイナガマの大自然なのです。
当時の宮古島はいたる所、どこも同じように食糧品は足りず、経済的には厳しかったと思います。
しかし、宮古島の自然の恵みにより子供たちは皆、スクスクと育ったのです。
宮古島中いたる所に森があり、小山があり、ミズヌンアブがあり、沼やため池があり、小さな小川さえありました。
森では
いろいろな小鳥がさえずり、水辺には水鳥が遊び、秋にはサシバの群れが太陽の光を遮り、空を暗くして地上を影にしました。
この時期だけは子供たちはサシバで遊び、滅多に無い肉料理にありつけたものです。ちなみに、チビた下駄を錘にして、サシバの飛ばし競争をして遊びましたが、タリカスミーは駄目でキンミーが逞しく良く飛んだものです。
今では、激減して国際保護鳥のサシバですが、戦後の宮古島の子供たちを育て、東南アジアの人々を育てた救世主だったのです。
(ありがとう。サシバさん。)
森では、
ザウカニや野いちご、小山ではポーなど、野生の木の実、草の実の美味しかった事も忘れられません。
砂浜では、
足下を少し掘れば、貝がザクザク獲れ、磯ではシャコ貝やサザエやウニさえも欲しいだけ獲れました。
漲水の桟橋でも魚は入れ食い、宮古中の磯や岸辺はどこでも釣りのポイントだったのです。下地の入り江と与那覇湾はガサミとワタリガニの宝庫であり、大浦湾は貝の宝庫でどちらも魚があふれていました。
大浦から狩俣までの海岸線は前浜よりも真っ白で長い美しい砂浜でした。モズクも天然のモズクが生い茂り、スキで採って馬車で運び、畑の肥料にする程でした。
また、漲水の坂道を美しい赤い枝珊瑚を山積みした馬車が通り、ポロポロ落ちた珊瑚を子供たちは拾って家に持ち帰りました。
平良市内のどこの家にも美しい赤い枝珊瑚が床の間に飾られていたものです。今ならあの馬車で運んでいた珊瑚は数百億円の価値があったと思います。
皆貧乏でしたけど、宮古島は本当に豊かで美しい自然に恵まれた楽園の島でした。そして、皆仲良く助け合って暮らしていました。
昭和35年頃の日本内地の高度経済成長の波は宮古島にも徐々に押し寄せ、合成洗剤の時代となり、農業では化学肥料と農薬が使われるようになりました。
宮古島の商店街には輸入された食糧品があふれ、あらゆる商品が増え続けました。
私たちの生活も経済的には徐々に豊かになり、裸足の子供たちもいなくなりました。市内には水道も普及し、電気も灯りました。
でも、まだ水道の水は飲み水や煮炊きに使い、掃除や洗濯の水は遠くの井戸から汲んでいました。
電気もギリギリ暗くなるまでは点けず、早寝早起きで電気料を節約していました。
昭和46年(1971年)の本土復帰により時代も環境も激変していきます。
それは、私が26歳の時ですが、私も復帰直後に結婚し私自身にも大きな変化が訪れるわけです。
宮古島にも日本政府よりの地方交付金、公共工事補助金が年々加算増額されて行きます。それに伴い土木建築業は増え続け、関連する業者も増え続けます。
いわゆる、コンクリート行政の始まりです。
家々がコンクリート建てになり、台風への耐風化が進んだ事は良かったのですが、ほとんどすべての防風林はなぎ倒され、防波堤が築かれ宮古島中を取り囲んでいきます。
更に沖合いには、消波提が次々と築かれて潮の流れを変え、景観を見苦しくして、浜や入り江や湾を澱ませ、砂を堅くしていきます。
道路もコンクリートとアスファルトで舗装され、側溝も石積みからコンクリートのU字溝へと変り、汚染された家庭排水も農薬も化学肥料も海へと流れ込みます。
復帰後から37年間、このように森はなぎ倒され、山は削られ、沼も埋められ、ウタキの森さえもやせ細り、土地改良区の美名のもとで海岸線ギリギリまでサトウキビと煙草の畑が広げられ、多くの鳥や虫たちは激減し死に絶えようとしています。
まさに「沈黙の春」を宮古島は迎えようとしているのです。
鳥も蝉も蛍もトンボもゲンゴロウも水スマシもタニシも蛙もメダカも魚も貝もエビもカニもシャコ貝もサザエもあの可憐に群れ遊んでいた色とりどりの熱帯魚たちもタコもイカも磯の小動物たちも死に絶えた島、「宮古島」で私たちは何を夢見て、何に希望を抱いて、何を目指して生きていくのでしょうか?
あのキラメクような島、自然の恵みであふれていた美しい豊饒(ほうじょう)の島は既にもうありません。
人間だけあふれて、化学製品に囲まれ、輸入品に身を包み、輸入した食品を食べ、これらの品々を手に入れる為に争っているだけです。
すべての生き物たちが減り続ける中で、ペットだけが増え続けているのは皮肉なものですネ。
しかも、犬たちは我が家の庭でさえもヒモで繋がれねばならず、家に閉じ込められ遊び場は無く、一生走る事さえ出来ないのです。無駄な公園や不良のたまり場の公園はあちらこちらに次々に造られ、掃除や管理が大変だと迷惑がられているのに、犬たちが自由に走り回れる場所は皆無です。
無駄な公園、もしくはその一部でもペットたちに開放してこそ行政のおっしゃる自然との調和、すべての生命、生物との共存のほんのさわり程度にはなると思うのですが、いかがなものでしょうか?
コンクリート行政、土地改良事業etc…で自然環境を壊し続け、汚し続けてすべての議員も行政も市長も又、市長立候補者たちも「自然環境を守る」とおっしゃいます。
誰の為に自然環境を守るのですか?
「未来の子供たちの為に!」
…嘘でしょう!?
人間以外のすべての生命、生物、そして植物さえも死に絶えさせて、どこに「美しい自然」があるのですか?
子供たちに残されるのは、沈黙の御嶽であり、汚染された畑であり、汚染された水であり、汚染された海だけです。
人間だけあふれて、キビの穂だけが一面に広がり、煙草畑でお百姓さんが農薬を撒いている、将来に希望のない沈黙の島、汚染された島が残されるだけです。
防風林の変わりにコンクリートの堤防が島を取り囲み、側溝も道路もすべてコンクリート化、アスファルト化され、昔のナウサ道のように埃も立たず、石積みや土のドブのように、コケも藻も水草も生えず、水スマシやゲンゴロウの昆虫もいない「一見清潔」な人工的な環境が残されるだけです。
これまでの行政がやって来た事は「市民生活の向上の為」と言われて来ました。
しかし、果たしてそうでしょうか?
魚の産卵場の磯を埋め立て、港をすべて大拡張し、大量のコンクリートをこれでもか、これでもかと使い続けただけではないのでしょうか。
本当に「市民生活の向上の為」なのでしょうか。
環境を守ったのでしょうか?
市長や権力者や土建業者や関連業者の利権の為ではない!と断言できるのでしょうか?
ヨーク考えてみて下さい。
これまで宮古島を牛耳ってきた大物の顔ぶれを思い浮かべてみて下さい。
大物は大体土建業者であり、彼らが支援する政治家です。フィクサーである大物たちに牛耳られ、操られて来たのは誰でしょうか?
保守系土建業者と組んだ市長、議員、行政であり、革新系土建業者と組んだ市長、議員、行政です。
ようするに反自公だ、反保守系だ、という元校長先生や医者や労働組合やリベラル女性軍団も政治的にはすべて革新系土建業者がバックには控えており、手を組んでいるのです。
しかし、彼らはインテリであり、庶民の味方であり、平和と人権と環境を守る良心的な種族としての誇りがありますので、絶対にそれを認めようとしません。
絶対的に彼らは正しくなければならないのです。市をボロボロにしても一切彼らに責任は無く、決して認めません。
恐らく、
人間以外のすべての生物や植物が絶滅して土も水も海も汚染されても彼らは「私たちは必死にそれを守ろうとして、革新市長、革新県議、革新議員を立てて戦って来た!」と言うのでしょう。
保守系の人間は「商売人」であり、「企業経営者」であり、金儲けの為なら手段を選ばない輩だ!と思っているのです
(まぁ、大体はそうですがネ)
しかし、「私たちは違う!」とおっしゃいますが、果たして本当に革新は違うのでしょうか?
…という事を折に触れて、
私はブログで書いたり、新聞投稿したりしますので嫌われるわけです。
「居酒屋のシャクガマが何をエラそうに!」とあちらこちらで陰口を叩かれているそうです。
勿論、私は偉人でも聖人君子でもありませんので、完璧なる正義の味方とは言えません。
しかし少なくとも、これまでの政治のリーダーたちのように市民の税金を食い物にする気もないし、した事もありません。保守に対しても、革新に対しても「市民の立場」で是は是、非は非と言っているだけです。
時には批判が過激すぎるとの注告はある程度認めますし、時には適性不充分な市長候補者を応援した事もあります。候補者の中から消去法で誰かを市長に選ばなければなりませんので、やむを得ない事もあるわけです。
しかし、これまでの15年間の不況どころではない、100年に一度とさえ言われる世界同時不況に突入し、大恐慌さえ危惧されている中で宮古島市は市民への説明責任も無い、議会の承認さえ無い、入札も無い「密室談合的」数々の不正な契約や、やってもいない工事代金をそれも4千数百万円も業者に支払う、というまさに業務上横領とも詐欺とも言える大事件を起こしました。
市の議長と業者が逮捕され、ついには伊良部支所の所長(昔なら町長です)までも業務上横領罪で逮捕されました。
この事件では国から7千数百万円を返還するように請求されており、伊志嶺市長は「市民には一切負担をかけない」と断言しました。
という事は御自身の責任において支払うという事です。
しかし、
結果は全額市の予算、税金で支払う事になり、不思議な事に議会がそれを認めています。
市民の立場で見れば、市長の行為は「市長を辞めればすべてチャラになる」と言わんばかりですが、そんな馬鹿げた理屈に納得する市民はいません。
「市民に負担はかけない」と断言し公表したからには、約束を守る事が責任を果たす事だし、辞めて済むものではない筈です。
まして、これまでの15年間高給を貰い、年に2回ボーナスを貰い、平良市長としての三期12年間の退職金を貰っておりますので、貯えがたくさんある筈です。
不正を働いた課長共々、まずはこの7千数百万円を一括弁済した上で業者に返済を迫るのが筋であり、責任を果たす事ではないでしょうか。
議会も市長の約束責任を追及する立場でありながら、市民の為の貴重な税金を確たる理由も無いまま税金で支払う事を認めた事は職務怠慢であり、市民への詐害行為として、市長と同罪だと思います。
このように、
現在も宮古島市行政と議会の網紀のタガは緩みっぱなしで、締める者は誰一人いません。
まずそれを厳しく指摘し、責任の所在を明確にして責任を取らせる事から始めなければ、宮古島市の改革は建て前倒れの絵空事であり、今後も同じ事が繰り返され宮古島市の行政システムは崩壊し市民も道連れにされる事でしょう。
さて、
今回市長に立候補された方々の発言を聞きますと「私が変える!」「改革する」「市民生活を守る」ウンヌンの発言は皆おっしゃいますが、誰一人として過去の問題点、不正、不祥事をすべて再調査して、誰の責任かを明確にし、その責任を追及する「責任を取らせる」との発言が一切ありません。
何故でしょう?
当然です。
彼らには責任の追及など出来ないからです!
何故出来ないのか?
それは彼ら自身が従来型の候補者であり、従来通りに党派に推選や公認を頼み、組織や団体及び市会議員や業者を糾合して「勝てる選挙」を目指しているからです。
つまり、「宮古島市を守る」「市民を守る」想いよりも「市長になりたい」想いが強いのではないでしょうか。
要するに、まず「勝つ事」「勝てる候補者になる事」が彼らにとっての第一関門なのです。
分かり易く言えば、従来通り「勝つ為には手段を選ばず!」兎に角、大きな選挙活動組織を必死に作らねばならず、更に厳しく言えば「キレイ事では選挙に勝てない!」と考えているからです。
市会議員にせよ、業者にせよ、組織や団体にせよ、「協力をお願いし」「選挙活動に参加して貰い」「選挙資金」を提供して貰えば、当然当選した暁には見返りを要求されますし、又、与えざるを得ないでしょう。
つまり、彼らはもし「自分が市長になった時」に過去の市長と全く違う、従来型の行政のやり方を大改革して、公正公平にクリーンに行う事を表明し、断言する事は立候補を表明している段階で既に無理であり、不可能なのです。
もし
「違う!私は公平公正にやる!」と言うのでしたら、堂々と「過去の不正、不祥事をすべて糾明して責任の所在を明確にし、責任を取らせます!」と公約すべきであり、更に「私は支援者や業者への見返りを一切致しません!」「それを期待して応援される方や業者の皆さんの支援は一切受けません!」と、すぐに断言し公表すべきです。
私は断言します!
彼らでは宮古島市の改革は不可能です!
彼ら候補者の皆さんは個人的には能力もあり、知識も経験も豊かなひとかどの人物ばかりだと思います。
しかし、5万5千市民の現状を心から憂い、子供たちの未来を守り、宮古島市民すべての安全と幸福と平和を守る為に私利私欲を捨て、例えズタズタに傷ついても、一歩も引かずに改革を行い、例えどんな犠牲、代償を払ってでも最後まで市民の未来の為に戦う!」との覚悟が全く私には見えないからです。
見えているのはただ、「私は市長になりたい!」との個人的な望みだけです。
私は不思議でたまりません。
「自公推選」「革新統一候補」「21世紀新風会」「労組推選」etc…などの選挙事務所に群がるように集まっている市民の方々は「本当に彼らが良い市長になり、自分を犠牲にしてでも、市民の為に減私奉公する人物」と信じて集まっているのでしょうか?
ひょっとして、単なる義理と人情、利権やしがらみ…ではないのですか?
もしそうならば、「あなたの貴重な一票は無駄な一票になる」とは思わないのでしょうか?
だって、彼らには「本気で宮古島市行政を改革する」意志も意欲もないと私は思いますヨ。
仮にあったとしても、余りにも多くのしがらみがあり、クリーンな行政は不可能です。
あなたが宮古島を変えたい!と思うのならば、残念ながら彼らに貴重な一票を投票しても無駄なのです。
万一、そうなれば市民自身が子供たちの未来を奪っているのです。
「このままでいい」「別に誰がやっても同じだ」まして、「偉そうに言う中山誠には絶対票は入れない!」と思うのであれば、それは仕方の無い事です。
理屈抜きに嫌い、とか生理的に合わないという人もいると思いますので、それはやむを得ないと思いますが、「宮古島市の未来」だけは諦めないで下さい。
「のどの渇いていないロバを水辺まで連れて行く事は出来るが、水を飲ます事は出来ない」と言いますから、私がいくら「宮古島市民と子供たちの未来の為に、宮古島行政の大改革を実現しましょう!」と叫んでも、聞く耳を持たない人にとっては、馬耳東風であり、単なる犬の遠吠えにしか聞こえないのでしょう。
又、こんな話もよく聞きます。
「私は中山誠が大嫌いだ!」という人がいるそうです。
それで私が「その人は誰ですか」と聞いてみますと「○○さんがそう言っていた」と言うのです。
厄介な事に私は、その人とは一度も会った事もないし、見た事も話をした事もないのです。
勿論、私は下地米一元市長親子に厳しい批判を続けてきました。
(大米建設そのものにではありませんヨ。大米給油所は時々利用しますし、大米建設さんにも仕事を依頼した事もあります)
そして、伊志嶺亮元市長にも厳しい批判を繰り返して来ました。
市会議員の皆さんへの批判も当然ありました。
ですから、私を嫌っている人も多い事はよく知っています。彼ら自身から悪口を言われるのは、当然だとさえ思っています。
しかし、見ず知らずの方々が「中山誠は嫌いだ!」とは…?
多分、私を嫌いだと言う人から「私の悪口を聞かされているのだろうな」と思うしかありません。
ただ、私は
「元陸軍少佐で沖縄県傷痍軍人会会長で沖縄県傷害者技術訓練センター所長」で生涯、弱い立場の人に尽くした優しい父、中山勇吉から「悪い嘘は絶対つくな」と「誠」の名前をつけて貰いました。
鬼のように厳しかった母、光子も本人は商売の天才でしたが、常に「金より心。品格だヨ」と私に教え続けました。
育ての親の「はつおばさん」は「人に優しくしなさい」といつも私に教えました。
私はもの心ついた頃から63歳になる今日まで、その教えを守り続けようと考えてきました。
だから、「人を悪用する人」「人を傷つける人」「正義感のない人」には異常に「厳しい」事は事実です。
「白は白、黒は黒」「是は是、非は非」といつも明確ですから、当然嫌われる事もあります。
また、中山グループは
19年前に片道切符で無一文で宮古島に帰って来た私が、17年前に創業しましたが、当初から私は社員、従業員には「現実は厳しく見つめ、理想は高く持て!」と指導しておりますので、「世の中、甘くないから勝てば官軍だ」とか、「長い物には巻かれろ、寄らば大樹の陰」と言うタイプもあまり好きではありませんので、そう言う人には結構厳しく対応しますのでやっぱり嫌われます。
ちなみに「中山グループは、
17年前創業の最初から利益の
「25%は可哀想な人の為に使う」
「25%は従業員に還元する」
「25%は株主に配当する」
「25%は企業の成長の為に使う」
と決め、従業員にも公表して来ております。
そして、将来的には社員持株制にして「社員によるグループ経営にする」と断言して来ました。
私と妻には子供がいませんから、私は無一文から起こした「中山グループ」の目的は「社会奉仕」であり、「出来るだけ多くの社員を育て」可能な限り企業を大きくして「社員に譲る」事を目的として今日まで頑張って参りました。
そして、
この1年間は新しい株式会社を三社設立し、更に「宮古島市の経済発展の為に」寄与しようと頑張っている最中です。
しかし、余りにもひどい宮古島市行政は、今まさに崩壊寸前だと、常々警鐘を鳴らし続けて参りましたが、今回「数々の不祥事の責任を取って辞任した」伊志嶺元市長の辞任により次期市長選挙に立候補した皆さんと、選考委員会のあり方、選挙戦のやり方には全く、納得出来ませんので私も立候補を決意しました。
本来、
私自身も大切な仕事があり、今が正念場の大事な時期ではありますが、「個人の事業と宮古島市の未来を天秤にかければ、どちらが重いかは自明の理」であり、今「私が決断しなければ、宮古島市に未来は無い!」と真剣に考えたからです。
誰が次期市長になっても困難な仕事が待っています。
はっきり申し上げて最悪な状態の宮古島市を建て直すのは「不可能に近いぐらいの困難な仕事」であり、「神頼み」が必要なくらいです。
ですから、本音では私はやりたくはありません。
今「市長になりたい人」は「頭がおかしい人」か「利権を狙う人」か「ただ市長になりたいだけの人」だと思います。
つまり、
私は「頭のおかしい人」なのです。
過去何10年も、利権がはびこり、不正が行われ、不祥事が繰り返されて来た魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界を変えられるのは「天才か勇者か、頭のおかしい人」だけだ。
つまり、「普通の人」に今の宮古島市を変える事は不可能だと私は思います。
そして、私は一人で戦おうと決めた「頭のおかしい人」です。
でも、「市民の市民の為の市民による政治」を目指し、多くの心ある市民がバックにはいる、と信じております。
私はたった一人ですが、私は市民の皆さんの「市民党」がついていると信じて戦います。
さて、
市民の皆様、
宮古島市は「このままでいいのですか?」
「変えた方がいいのですか?」
私は断固として変えます!
自然環境も守るのではなく、昔の美しい宮古島の島々を蘇生させます。
すべての生き物が生き生きと活動していた美しい森と沼と海を蘇らせます。
しかし、決めるのは市民の皆様であり、あなたの貴重な一票です。
「宮古島市が変るのも変わらぬもあなた次第です」
つまり、宮古島市を変えるのは私ではなく市民の皆さんの総意であり、熱い想いだと思います。
最後に私の熱い想いを叫びます。
Change!We Can Change!
変えよう!我々は変われる!
We Have a Hope!
我々には希望がある!
We Have a Dream!
我々には夢がある!
変えよう!我々は変われる!
We Have a Hope!
我々には希望がある!
We Have a Dream!
我々には夢がある!
中山 誠
2009年01月08日
「私が市長選挙に立候補した理由」
ーこれでいいのか、宮古島市の選挙?ー
「きれい事では選挙は勝てない!」
これが、これまでの宮古島市の選挙の基本です。
そして、勝つ為の戦略として…
①一番目に確実な票は期日前の投票をさせる事です。
年々期日前投票が増えているのは、期日前投票が一番買収しやすいからです。
しかも、ちょっとした物をあげる程度、もしくはウマく言いくるめるだけで、期日前に投票させますので、やり易さも確実性も高いわけです。
ある議員たちは業者、運動員を総動員して寝たきりの方々や病気で入院中の方々まで車で送迎したそうです。
今回も間違いなく、この戦術は行われますので周辺の市民の皆さん、目を光らせて見張って下さい。
買収の説得はバレないように深夜でも出来ますが、送迎は日中しか出来ませんので、少なくても病人の期日前買収だけは防げるでしょう。
②二番目の確実な票は買収した票です。
以前の市長選挙では一票が1,000円から最大10万円で買収されました。
比較的親しい人には1,000円か米一俵。
確実に敵陣営の人を鞍替えさせるのに1万~10万円。
…という事で一家で数10万円をラッキーと貰った家族もあったそうです。
そして、投票前夜に確実に敵陣営と言われる200人をトータル2000万円で買収して、100票程度の差で勝った候補者は「危なかった。2000万円は安かった!」と最高の決断に大満足したそうです。
今もそうかも知れませんが、首長は宮古島で一番儲かるビジネスなのです。
ただ、最近では連座制でバレると当選無効になりますので、買収は減りつつあり郊外や農村、漁村で米を置いてくる程度のようです。
市民の皆さん、選挙でお金やお米などを貰えば罪になりますが、仮に貰ったとしても「あげた側はモラルの低い、リーダーの資格のない人物です」から、あなたの貴重な票には絶対にその人の名前を書かない事です。
③親戚、友人、知人、先輩、後輩、取り引き業者に投票を依頼して、選挙活動にも参加させる。
小さい島ですから、部落の人々は昔からの顔なじみであり、頼めば「イヤ」とは言いません。それどころか率先して活動してくれるありがたい存在でもあります。いわゆる義理と人情です。
ですから、市会議員を一番多く味方にして、土建業をはじめとする業者を一番多く集めた候補者が一番強いわけです。
その為には権力者たちと提携し、資金力にものを言わせ、党や会派、労働団体、あらゆる組織と結びついて支援、推選、公認を貰う事が重要です。彼等には数10名数百名の取り巻きがいますし、それぞれの部落や地区、内会で「義理・人情」パワーを発揮して票を集めます。この活動は基本的に合法ですから止めようがありません。
しかし、市議や業者や組織を動員する事や彼等からの莫大な選挙資金の提供は彼等にお世話になり、義理をつくり、「ひもつき」となりますので、後日、必ず見返りを提供するわけです。
つまり、「利権」であり、「指名入札」の優遇であり「官民談合」による「贈収賄」です。つまり、「組織選挙」は確実に「利権行政」をつくります。
ヨーク考えて投票しましょうネ。
④戸別訪問し、職場訪問して支持を依頼する。
これも告示前、告示後に関らず、立派な「選挙違反」です。
しかし、過去の選挙ではどの候補者も堂々とこれを行って来ました。しかも戸別訪問は「一回では弱い。最低でも二回は訪問しなければ駄目だ」と言われて来たのです。
しかし、過去に戸別訪問で逮捕された候補者は一人もいません。
候補者全員、皆やるので警察も逮捕出来ないのでしょう。候補者全員を捕まえれば、当選者もゼロになるので、多分黙認せざるを得ないのでしょう。
気持ちは充分に分かりますが、「赤信号、皆で渡れば怖くない」と法律違犯を黙認するのはいかがなものでしょうか?
心ある市民の皆様、もしあなたの家に候補者が戸別訪問して、投票を依頼したら、それは「選挙違反」であり、その候補者は法律を無視する悪徳候補者ですから、すぐに警察に通報して下さい。
それはちょっとドゥーグリと思うのならば、せめてそのような候補者には「絶対投票しない」事です。ヨロシク!
このように、選挙違反ありありの選挙がこれまでの宮古島選挙で、沖縄本島はおろか全国でも有名な「金権選挙」の島でした。
以上の4つの選挙戦術がこれまでの宮古島選挙で確実に勝つ為の四大ポイントでした。
だからこそ、
戦後63年間も誰が市長になっても贈収賄あり、談合あり、不適正な予算配分あり、非常識な人事あり、必賞必罰の配置転換あり、と数々の不正がはびこり、不祥事が続発してまいりました。まさに、市民無視であり、職員無視、議会無視の横暴がまかり通って来たのです。
しかし、それを許し選んだのは、まさに「我々、市民」なのです。
そして今回の第二回宮古島市長選挙は、
「市の職員による数々の不正、不祥事」の責任を伊志嶺亮市長が「自分の責任である」と認めて12月31日付けで辞任する事により、急遽短期決戦が決まりました。
先の第一回宮古島市長選挙に際して、伊志嶺市長は以前「金権打倒」を掲げて闘った不倶戴天(ふぐたいてん)の敵とも言える、下地米一元市長と下地幹郎代議士の親子にまさかの晴天の霹靂(せいてんのへきれき)の支持をお願いして「推薦」して貰うという、まさに節操の無い品格に劣る行動に出て、薄氷を踏む僅差でギリギリ勝ちました。まさに、「勝つ為には手段を選ばない」を実行したのです。
しかし、この行為は市民の道徳感を大きく傷つけましたし、子供たちへの最悪の手本になりました。
平良市時代から不祥事はありましたが、この節操無き悪しき行為により宮古島市職員の道徳観念も崩れ、悪事がはびこったと私は思います。
つまり、今回の市長選挙では、まず次期市長となる候補者は「正しい道徳観念」をまず示す事から始めなければなりません。
まず、それを示さない事には「行政改革」など夢のまた夢であり、論外であり、無意味であり、不可能でしょう。
まず、「道徳心」の立て直しをする為に、正義を示す事が基本であり、次期市長の必須条件です。それがなければ、改革どころか過去と同じ利権がはびこる行政、不祥事が続発する職場が維持され、今後も同じ事が繰り返される事でしょう。と私は思い、市長選挙に立候補を希望された方々をつぶさに眺め分析してみました。
まず、全員「選考委員会詣で」をして「私を市長候補にして下さい」と願い出たわけです。お願いして誓約書も書いて、論文も提出して決定された方は「ラッキー」と思い、落選した方は「頭に来た、単独で出る」というわけです。
いずれにしても、党頼み、会派頼み、組織団体頼みですから、すべて「ヒモツキ」の候補者になるわけです。
ヒモツキは見返りつきであり、利権が生じ、談合がはびこり、贈収賄は常識であり、不祥事は続出する…
市民の皆様、本当に彼等に大改革や市の立て直しが出来ると思いますか?
今や
「チャウシェスク御殿」
となった宮古島市役所の4階の立派な市長室で魑魅魍魎(ちみもうりょう)に囲まれて「密室政治」が再び始まる予感がするのは私だけでしょうか?
ヨーク考えてみれば、「市民全員」そう思ってはいるはずです。ただ長年のシガラミがあり、誰が市長になっても同じと諦めてサジを投げているのでしょう。
でも、今こそ宮古島市を変える最後のチャンスです。諦めずにチャレンジして下さい。投票を頼まれたら、とりあえず「ハイハイ」とか「勿論だ」と答えておけばいいのです。このような嘘なら神様も許しますヨ。
お金を貰ったり、金券などを貰ったらニコッと笑って「当然あなたに入れますヨ」と答えておいて「絶対その人には投票しない」事です。
―念の為、何か貰えば買収になりますので、私からお勧めするわけではありません。
選挙事務所に来て協力してくれ。と頼まれたら、とりあえず元気良くニコニコして「OK!頑張ろう!」と声を掛けておけばいいのです。
お茶もジュースもウーロン茶もおにぎりもヤギ汁もパンビンもお菓子も…時にはビールも酒も…色々とあるようですから、御家族お揃いで行けばいいでしょう。一食でも厳しい家計の足しにはなるし、朝昼晩毎日飲食しても、例え陰口は言われても「もう来るな!」とは言われないと思いますヨ。
しかし、このような大掛かりな大金を使う事務所を構える候補者はもし市長になれば「絶対使った元出は取り返す」わけですから、必ず贈収賄など不正が行われます。
「間違いない!」と私は思いますが、皆様はどう思いますか?
もし、皆様も同感でしたら、このような金食い虫の大事務所を構える候補者の飯を食おうが何を飲もうが「票は入れない」事です。
だからと言って、あなたはちっとも悪くないのです。
小さな島のシガラミで相手に頼まれれば、断って相手の顔をつぶすわけにはいかないから、やむを得ず付き合わされただけですから、「何一つ疚しい事」はありません。頼むほうが悪いのです!
と、言う事で私、中山誠は次期宮古島市長に「相応しい」候補者は彼等の中にはいない、と判断して出馬を決意しました。
ですから、当然ですが「後援会組織はつくらない」「選挙事務所もつくらない」「党派は勿論、どんな組織にも支持を頼まない」「先輩、後輩、知人、友人、親戚etc…選挙活動への参加を頼まない」事を決めました。
ですから当然、買収や供応とは一切無縁であり、ヒモも一切ありませんから、見返りを提供する必要も一切無くて、まず第一に「真にクリーンな市長を目指す」覚悟を決めました。
ですから、私個人の選挙組織は一切ありません。
私はこれまでの宮古島のやり方を一切否定し、根底から変える覚悟を決めたのです。
唯一、私が願い、祈るのは市民の皆様の御理解であり、御支持であり、御協力です。
私は誰よりも熱い想いで宮古島市の子供たちの現在と未来を守ります。
私は不退転の決意で一切の私欲を捨てて、宮古島市の大改革を実現させます。子供たちに美しい自然を残し、教育の改革によりすべての子供のやる気と勇気と夢と希望を育みます。
若者にはやりがいのある職場を作り、楽しい施設を増やします。
老人の皆様には憂いのない安らかで豊かな老後を築き、困窮する家庭を守り、誰一人の別なく必要な治療が充分に受けられる医療制度を作ります。
それは夢物語ではなく、机上の空輸でも、他の候補者たちの言う公約、政策の単なる口約束ではありません。
宮古島市の数多くの無駄を省き、機構を改革し、新事業を起業する事により必ず財源は生まれます。勿論、利益の出る新事業を数多く起業しますし、島外からも誘致致します。
私の試算では、4カ年で約80億円の財源を確保出来ると確信しております。これを「市民の為」に使えばいいのです。
従来のように権力と業者と職員が市の莫大な予算を食い散らかすのではなく、あくまでも「市民の為の事業」にのみ使用すれば市民の皆様の予想をはるかに越える素晴らしい宮古島市をつくれると確信しております。すべての市民が豊かに暮らせる宮古島こそ、真に平和な宮古島市であり、今日も明日も楽しく暮らし、元気になり、更に豊かな未来が築かれるのです。
これまでの私は「豊かで平和で楽しい宮古島をつくる会」の会長として皆様に色々提案して来ました。
今回はこれまでの提案のすべてを実行し、実現する為に市長に立候補する事を表明しました。
崩壊寸前の宮古島市を変える最初で最後のチャンスだと思います。市民の皆様が変れば、宮古島市は蘇生します。一人で宮古島市を変えられる者など、誰一人としていません!市民の思いを集結して初めて不可能が可能になるのです。
市民の皆様の御理解と御支援を心からお願い申し上げます。
「きれい事では選挙は勝てない!」
これが、これまでの宮古島市の選挙の基本です。
そして、勝つ為の戦略として…
①一番目に確実な票は期日前の投票をさせる事です。
年々期日前投票が増えているのは、期日前投票が一番買収しやすいからです。
しかも、ちょっとした物をあげる程度、もしくはウマく言いくるめるだけで、期日前に投票させますので、やり易さも確実性も高いわけです。
ある議員たちは業者、運動員を総動員して寝たきりの方々や病気で入院中の方々まで車で送迎したそうです。
今回も間違いなく、この戦術は行われますので周辺の市民の皆さん、目を光らせて見張って下さい。
買収の説得はバレないように深夜でも出来ますが、送迎は日中しか出来ませんので、少なくても病人の期日前買収だけは防げるでしょう。
②二番目の確実な票は買収した票です。
以前の市長選挙では一票が1,000円から最大10万円で買収されました。
比較的親しい人には1,000円か米一俵。
確実に敵陣営の人を鞍替えさせるのに1万~10万円。
…という事で一家で数10万円をラッキーと貰った家族もあったそうです。
そして、投票前夜に確実に敵陣営と言われる200人をトータル2000万円で買収して、100票程度の差で勝った候補者は「危なかった。2000万円は安かった!」と最高の決断に大満足したそうです。
今もそうかも知れませんが、首長は宮古島で一番儲かるビジネスなのです。
ただ、最近では連座制でバレると当選無効になりますので、買収は減りつつあり郊外や農村、漁村で米を置いてくる程度のようです。
市民の皆さん、選挙でお金やお米などを貰えば罪になりますが、仮に貰ったとしても「あげた側はモラルの低い、リーダーの資格のない人物です」から、あなたの貴重な票には絶対にその人の名前を書かない事です。
③親戚、友人、知人、先輩、後輩、取り引き業者に投票を依頼して、選挙活動にも参加させる。
小さい島ですから、部落の人々は昔からの顔なじみであり、頼めば「イヤ」とは言いません。それどころか率先して活動してくれるありがたい存在でもあります。いわゆる義理と人情です。
ですから、市会議員を一番多く味方にして、土建業をはじめとする業者を一番多く集めた候補者が一番強いわけです。
その為には権力者たちと提携し、資金力にものを言わせ、党や会派、労働団体、あらゆる組織と結びついて支援、推選、公認を貰う事が重要です。彼等には数10名数百名の取り巻きがいますし、それぞれの部落や地区、内会で「義理・人情」パワーを発揮して票を集めます。この活動は基本的に合法ですから止めようがありません。
しかし、市議や業者や組織を動員する事や彼等からの莫大な選挙資金の提供は彼等にお世話になり、義理をつくり、「ひもつき」となりますので、後日、必ず見返りを提供するわけです。
つまり、「利権」であり、「指名入札」の優遇であり「官民談合」による「贈収賄」です。つまり、「組織選挙」は確実に「利権行政」をつくります。
ヨーク考えて投票しましょうネ。
④戸別訪問し、職場訪問して支持を依頼する。
これも告示前、告示後に関らず、立派な「選挙違反」です。
しかし、過去の選挙ではどの候補者も堂々とこれを行って来ました。しかも戸別訪問は「一回では弱い。最低でも二回は訪問しなければ駄目だ」と言われて来たのです。
しかし、過去に戸別訪問で逮捕された候補者は一人もいません。
候補者全員、皆やるので警察も逮捕出来ないのでしょう。候補者全員を捕まえれば、当選者もゼロになるので、多分黙認せざるを得ないのでしょう。
気持ちは充分に分かりますが、「赤信号、皆で渡れば怖くない」と法律違犯を黙認するのはいかがなものでしょうか?
心ある市民の皆様、もしあなたの家に候補者が戸別訪問して、投票を依頼したら、それは「選挙違反」であり、その候補者は法律を無視する悪徳候補者ですから、すぐに警察に通報して下さい。
それはちょっとドゥーグリと思うのならば、せめてそのような候補者には「絶対投票しない」事です。ヨロシク!
このように、選挙違反ありありの選挙がこれまでの宮古島選挙で、沖縄本島はおろか全国でも有名な「金権選挙」の島でした。
以上の4つの選挙戦術がこれまでの宮古島選挙で確実に勝つ為の四大ポイントでした。
だからこそ、
戦後63年間も誰が市長になっても贈収賄あり、談合あり、不適正な予算配分あり、非常識な人事あり、必賞必罰の配置転換あり、と数々の不正がはびこり、不祥事が続発してまいりました。まさに、市民無視であり、職員無視、議会無視の横暴がまかり通って来たのです。
しかし、それを許し選んだのは、まさに「我々、市民」なのです。
そして今回の第二回宮古島市長選挙は、
「市の職員による数々の不正、不祥事」の責任を伊志嶺亮市長が「自分の責任である」と認めて12月31日付けで辞任する事により、急遽短期決戦が決まりました。
先の第一回宮古島市長選挙に際して、伊志嶺市長は以前「金権打倒」を掲げて闘った不倶戴天(ふぐたいてん)の敵とも言える、下地米一元市長と下地幹郎代議士の親子にまさかの晴天の霹靂(せいてんのへきれき)の支持をお願いして「推薦」して貰うという、まさに節操の無い品格に劣る行動に出て、薄氷を踏む僅差でギリギリ勝ちました。まさに、「勝つ為には手段を選ばない」を実行したのです。
しかし、この行為は市民の道徳感を大きく傷つけましたし、子供たちへの最悪の手本になりました。
平良市時代から不祥事はありましたが、この節操無き悪しき行為により宮古島市職員の道徳観念も崩れ、悪事がはびこったと私は思います。
つまり、今回の市長選挙では、まず次期市長となる候補者は「正しい道徳観念」をまず示す事から始めなければなりません。
まず、それを示さない事には「行政改革」など夢のまた夢であり、論外であり、無意味であり、不可能でしょう。
まず、「道徳心」の立て直しをする為に、正義を示す事が基本であり、次期市長の必須条件です。それがなければ、改革どころか過去と同じ利権がはびこる行政、不祥事が続発する職場が維持され、今後も同じ事が繰り返される事でしょう。と私は思い、市長選挙に立候補を希望された方々をつぶさに眺め分析してみました。
まず、全員「選考委員会詣で」をして「私を市長候補にして下さい」と願い出たわけです。お願いして誓約書も書いて、論文も提出して決定された方は「ラッキー」と思い、落選した方は「頭に来た、単独で出る」というわけです。
いずれにしても、党頼み、会派頼み、組織団体頼みですから、すべて「ヒモツキ」の候補者になるわけです。
ヒモツキは見返りつきであり、利権が生じ、談合がはびこり、贈収賄は常識であり、不祥事は続出する…
市民の皆様、本当に彼等に大改革や市の立て直しが出来ると思いますか?
今や
「チャウシェスク御殿」
となった宮古島市役所の4階の立派な市長室で魑魅魍魎(ちみもうりょう)に囲まれて「密室政治」が再び始まる予感がするのは私だけでしょうか?
ヨーク考えてみれば、「市民全員」そう思ってはいるはずです。ただ長年のシガラミがあり、誰が市長になっても同じと諦めてサジを投げているのでしょう。
でも、今こそ宮古島市を変える最後のチャンスです。諦めずにチャレンジして下さい。投票を頼まれたら、とりあえず「ハイハイ」とか「勿論だ」と答えておけばいいのです。このような嘘なら神様も許しますヨ。
お金を貰ったり、金券などを貰ったらニコッと笑って「当然あなたに入れますヨ」と答えておいて「絶対その人には投票しない」事です。
―念の為、何か貰えば買収になりますので、私からお勧めするわけではありません。
選挙事務所に来て協力してくれ。と頼まれたら、とりあえず元気良くニコニコして「OK!頑張ろう!」と声を掛けておけばいいのです。
お茶もジュースもウーロン茶もおにぎりもヤギ汁もパンビンもお菓子も…時にはビールも酒も…色々とあるようですから、御家族お揃いで行けばいいでしょう。一食でも厳しい家計の足しにはなるし、朝昼晩毎日飲食しても、例え陰口は言われても「もう来るな!」とは言われないと思いますヨ。
しかし、このような大掛かりな大金を使う事務所を構える候補者はもし市長になれば「絶対使った元出は取り返す」わけですから、必ず贈収賄など不正が行われます。
「間違いない!」と私は思いますが、皆様はどう思いますか?
もし、皆様も同感でしたら、このような金食い虫の大事務所を構える候補者の飯を食おうが何を飲もうが「票は入れない」事です。
だからと言って、あなたはちっとも悪くないのです。
小さな島のシガラミで相手に頼まれれば、断って相手の顔をつぶすわけにはいかないから、やむを得ず付き合わされただけですから、「何一つ疚しい事」はありません。頼むほうが悪いのです!
と、言う事で私、中山誠は次期宮古島市長に「相応しい」候補者は彼等の中にはいない、と判断して出馬を決意しました。
ですから、当然ですが「後援会組織はつくらない」「選挙事務所もつくらない」「党派は勿論、どんな組織にも支持を頼まない」「先輩、後輩、知人、友人、親戚etc…選挙活動への参加を頼まない」事を決めました。
ですから当然、買収や供応とは一切無縁であり、ヒモも一切ありませんから、見返りを提供する必要も一切無くて、まず第一に「真にクリーンな市長を目指す」覚悟を決めました。
ですから、私個人の選挙組織は一切ありません。
私はこれまでの宮古島のやり方を一切否定し、根底から変える覚悟を決めたのです。
唯一、私が願い、祈るのは市民の皆様の御理解であり、御支持であり、御協力です。
私は誰よりも熱い想いで宮古島市の子供たちの現在と未来を守ります。
私は不退転の決意で一切の私欲を捨てて、宮古島市の大改革を実現させます。子供たちに美しい自然を残し、教育の改革によりすべての子供のやる気と勇気と夢と希望を育みます。
若者にはやりがいのある職場を作り、楽しい施設を増やします。
老人の皆様には憂いのない安らかで豊かな老後を築き、困窮する家庭を守り、誰一人の別なく必要な治療が充分に受けられる医療制度を作ります。
それは夢物語ではなく、机上の空輸でも、他の候補者たちの言う公約、政策の単なる口約束ではありません。
宮古島市の数多くの無駄を省き、機構を改革し、新事業を起業する事により必ず財源は生まれます。勿論、利益の出る新事業を数多く起業しますし、島外からも誘致致します。
私の試算では、4カ年で約80億円の財源を確保出来ると確信しております。これを「市民の為」に使えばいいのです。
従来のように権力と業者と職員が市の莫大な予算を食い散らかすのではなく、あくまでも「市民の為の事業」にのみ使用すれば市民の皆様の予想をはるかに越える素晴らしい宮古島市をつくれると確信しております。すべての市民が豊かに暮らせる宮古島こそ、真に平和な宮古島市であり、今日も明日も楽しく暮らし、元気になり、更に豊かな未来が築かれるのです。
これまでの私は「豊かで平和で楽しい宮古島をつくる会」の会長として皆様に色々提案して来ました。
今回はこれまでの提案のすべてを実行し、実現する為に市長に立候補する事を表明しました。
崩壊寸前の宮古島市を変える最初で最後のチャンスだと思います。市民の皆様が変れば、宮古島市は蘇生します。一人で宮古島市を変えられる者など、誰一人としていません!市民の思いを集結して初めて不可能が可能になるのです。
市民の皆様の御理解と御支援を心からお願い申し上げます。
Change!We Can Change!
変えよう!我々は変える事が出来る!
We Have a Hope! We Have a Dream!
我々には希望がある!我々には夢がある!
変えよう!我々は変える事が出来る!
We Have a Hope! We Have a Dream!
我々には希望がある!我々には夢がある!
中山 誠
2009年01月08日
出馬表明にあたって…
今朝の新聞一面には、「候補者乱立、内部分裂も」「混乱市政を象徴」との大見出しが踊っていました。
つまり、度重なる宮古島市の不祥事の責任を取って辞任する伊志嶺市長の残した混乱と不祥事を正す「世直し選挙」だ、という事でしょう。
それならば、次期市長を目指す者は、まずこの一連の不祥事を再監査し、今一度責任の所在を明確にする事から始めねばならないと思います。
まず、
「不祥事の責任を取って辞任する」と伊志嶺市長は明言した以上は、少なくとも今回の給与、ボーナスは遠慮するのが道義的責任であり、当然退職金も遠慮されるべきだと思います。
更に宮原地区未工事に対する「補助金不正受給」に関しては、「市民に負担をかけない」と断言されましたが、結果は市の一般予算で支払うと言います。尻拭いをすべて市民に押し付けたわけですが、是非とも御自身で責任ある処理をして下さい。
又、この事件では「補助金不正受給」となっていますが、もし「不正受給」なら業者が詐欺を働いたという意味になり、当然刑事告発すべきでしょう。
つまり、市は「不正支出」である市の責任を「不正受給」と、さも業者の責任であるかのごとくカモフラージュした事になります。
このままでは、株式会社吉野に対する地域住民無視、市民無視、議会無視、競争入札無しの異常な不正契約問題と同様にウヤムヤになってしまいます。
この続発する不祥事による「混乱市政を象徴する」今回の選挙においては、これらのすべての不祥事を徹底的に再追求してすべての責任の所在を明確にしなければ「誰が新市長になっても」無責任行政の改革は不可能だと思います。
これを見過ごすならば、万一次期市長に不祥事が起きたとしても、やはり責任は無視され同じ事が繰り返されると思います。
他の候補者の皆さんが誰一人その事を追及しない事にまず私は疑問を持ちました。
次に各組織会派の選考委員会のあり方も旧態依然として市民サイドから見れば「密室談合」の市民不在であり、候補者軽視と思います。そこに造反あり、誓約書の反故あり、の節操も品格も無い、行動の原因があると思います。
立候補を希望された方々も「宮古島市の危機的状況を一身を賭して私が改革する!」と立ち上がった上で、推選が得られた、と言うのなら兎も角、「選考委員会で選ばれたから市長選挙に出る」わけであり、又、選考委員会で選ばれなかったから“単独”で出ると言うわけです。
まさに、選挙が政争の具となり利権争いの場になっているとしか私には思えません。
と言う事で、
私は彼らのようにこの党や会派や組織団体頼りの出馬では、この100年に1度の大嵐、大津波が来る、と言われる世界同時不況、大恐慌の中の宮古島市の危機的な経済の現状や崩壊寸前の行政の変革は困難であり、不可能だと考えて、立候補を決意しました。
又、それぞれの方々が政策を発表しますが、私も含めて「項目だけ眺めれば同じ」ようなものです。
しかし、
私の政策は不退転の決意で機構改革などの実現をする事により4カ年間で最大では80億円の予算が作れる、と試算しており、「過去の選挙のスローガン倒れの公約」と異なり、「財源の裏づけのある実現可能な政策」であると自負しております。
また、
私の選挙戦のあり方としては、党派、組織団体、企業への支援は一切求めない。後援会は作らない。
選挙事務所は自宅にして特に作りません。
つまり自主的には選挙の為の組織は作らず、一人でも戦う覚悟です。
一切の見返りを拒み、ひもつきを拒む信念を堅持します。
ただし、市民が個人の自由意志により私を支援するボランティア活動には大いに期待しております。
「市民の市民による市民の為の選挙」が、今回立候補にあたっての私の理念、ポリシーです。
まず、隗により始めよ、と言います。
宮古島市の厳しい状況を考え、
私は市長給与、ボーナス、退職金は半減させる事。
次に任期は8年以内にする事を提案します。
特に私自身の場合、すべての大掃除と機構改革と新規事業のすべての芽出しを4カ年間で完了させる事を目指し、市民の皆様に納得していただければ1期4年で次世代の私利私欲がない、夢のある若い有能な市長へのバトンタッチを実現したいと考えております。
御意見、御指導、御支援をよろしくお願い申し上げます。
つまり、度重なる宮古島市の不祥事の責任を取って辞任する伊志嶺市長の残した混乱と不祥事を正す「世直し選挙」だ、という事でしょう。
それならば、次期市長を目指す者は、まずこの一連の不祥事を再監査し、今一度責任の所在を明確にする事から始めねばならないと思います。
まず、
「不祥事の責任を取って辞任する」と伊志嶺市長は明言した以上は、少なくとも今回の給与、ボーナスは遠慮するのが道義的責任であり、当然退職金も遠慮されるべきだと思います。
更に宮原地区未工事に対する「補助金不正受給」に関しては、「市民に負担をかけない」と断言されましたが、結果は市の一般予算で支払うと言います。尻拭いをすべて市民に押し付けたわけですが、是非とも御自身で責任ある処理をして下さい。
又、この事件では「補助金不正受給」となっていますが、もし「不正受給」なら業者が詐欺を働いたという意味になり、当然刑事告発すべきでしょう。
つまり、市は「不正支出」である市の責任を「不正受給」と、さも業者の責任であるかのごとくカモフラージュした事になります。
このままでは、株式会社吉野に対する地域住民無視、市民無視、議会無視、競争入札無しの異常な不正契約問題と同様にウヤムヤになってしまいます。
この続発する不祥事による「混乱市政を象徴する」今回の選挙においては、これらのすべての不祥事を徹底的に再追求してすべての責任の所在を明確にしなければ「誰が新市長になっても」無責任行政の改革は不可能だと思います。
これを見過ごすならば、万一次期市長に不祥事が起きたとしても、やはり責任は無視され同じ事が繰り返されると思います。
他の候補者の皆さんが誰一人その事を追及しない事にまず私は疑問を持ちました。
次に各組織会派の選考委員会のあり方も旧態依然として市民サイドから見れば「密室談合」の市民不在であり、候補者軽視と思います。そこに造反あり、誓約書の反故あり、の節操も品格も無い、行動の原因があると思います。
立候補を希望された方々も「宮古島市の危機的状況を一身を賭して私が改革する!」と立ち上がった上で、推選が得られた、と言うのなら兎も角、「選考委員会で選ばれたから市長選挙に出る」わけであり、又、選考委員会で選ばれなかったから“単独”で出ると言うわけです。
まさに、選挙が政争の具となり利権争いの場になっているとしか私には思えません。
と言う事で、
私は彼らのようにこの党や会派や組織団体頼りの出馬では、この100年に1度の大嵐、大津波が来る、と言われる世界同時不況、大恐慌の中の宮古島市の危機的な経済の現状や崩壊寸前の行政の変革は困難であり、不可能だと考えて、立候補を決意しました。
又、それぞれの方々が政策を発表しますが、私も含めて「項目だけ眺めれば同じ」ようなものです。
しかし、
私の政策は不退転の決意で機構改革などの実現をする事により4カ年間で最大では80億円の予算が作れる、と試算しており、「過去の選挙のスローガン倒れの公約」と異なり、「財源の裏づけのある実現可能な政策」であると自負しております。
また、
私の選挙戦のあり方としては、党派、組織団体、企業への支援は一切求めない。後援会は作らない。
選挙事務所は自宅にして特に作りません。
つまり自主的には選挙の為の組織は作らず、一人でも戦う覚悟です。
一切の見返りを拒み、ひもつきを拒む信念を堅持します。
ただし、市民が個人の自由意志により私を支援するボランティア活動には大いに期待しております。
「市民の市民による市民の為の選挙」が、今回立候補にあたっての私の理念、ポリシーです。
まず、隗により始めよ、と言います。
宮古島市の厳しい状況を考え、
私は市長給与、ボーナス、退職金は半減させる事。
次に任期は8年以内にする事を提案します。
特に私自身の場合、すべての大掃除と機構改革と新規事業のすべての芽出しを4カ年間で完了させる事を目指し、市民の皆様に納得していただければ1期4年で次世代の私利私欲がない、夢のある若い有能な市長へのバトンタッチを実現したいと考えております。
御意見、御指導、御支援をよろしくお願い申し上げます。
2008年12月29日
中山 誠
中山 誠
2009年01月08日
宮古島市長選挙 ー「私の政策」ー
1.教育改革を行います。
教師、父兄、識者の意見を可能な限りアンケートを取り、聞き取り調査をして、すべての問題点を洗い出し、合理的なカリキュラムの改善向上策を含む、教育改革により、すべての子供たちの自信と希望と夢を育みます。
当然、教育予算には重点的に配慮して、必要充分な予算を確保します。
2.医療と福祉政策の充実。
健康保険税の異常な増額を徹底的にチェック分析して、可能なかぎり是正し、無保険者が増える事を阻止して、すべての市民が、気がねなく安心して必要な治療が受けられるようにします。
最初の取り組みとして、まず、義務教育までの医療、75歳以上の老人医療の完全無料化を目指し、将来的には市民すべての医療費負担を減らし、完全無料化を目指します。
(ちなみに「キューバ」は教育と医療費はすべて無料であり、貧乏な小国「キューバ」で実現されている事が、我々に不可能な筈はありません)
更に、母子家庭、父子家庭、困窮家庭が充分に安心して生活できるようにします。
福祉と医療は最低限の人間としての権利であり、重点的に予算配分します。
1.の教育改革と2.の福祉と医療の充実は、すべての政策に最優先して配分する最重要政策として考えております。
3.農業、漁業、商業の振興
食は生命維持の基本であり、土づくり、森づくり、海づくりの原点から取り組み、土も海も森も蘇らせ、最終的には食糧の完全自給自足を目指します。
当然ながら、宮古島市が枠先してリーダーシップを取りますが、県、漁業組合、農協、生産者との密接な連携により、他に類を見ない程の豊かな農業、豊かな漁業を実現させます。
当然ながら、調査、分析、研究、政策立案、事業実施に要する予算配分には必要充分な配慮をします。
また、飲食業、社交業、加工業、商業の中小零細企業は宮古島市観光業において、特に直接お客様と接するわけであり、開業資金、改装資金、設備資金、運転資金等の融資や保証を充実させ、多いに意欲を持って仕事に取り組めるような制度の構築を目指し、可能な限り早期に実現させます。
4.命の水を守り、自然環境を蘇らせます。
有機無農薬農業振興を含む、抜本的な農業改革と家庭排水、事業排水による汚染を阻止する政策を実施して、更に海を耕し海草を植え、マングローブを植え、珊瑚を育て魚貝の産卵場を造り、人工漁礁を増やします。
産業高校の教師、生徒たちの共同研究や農業試験場の充実拡大、海業センターの充実拡大等への予算も大巾に増額し、すべての自然環境を美しく蘇らせると共に虫も鳥も動物も魚貝類もすべての生命があふれるように豊かな島づくりを目指し、実現させます。
5.下地島空港の国際ハブ空港化を目指します。
伊良部町議会による下地島空港への自衛隊誘致を私が真っ先に断固反対したのは日本有数の貴重な下地島空港はまさに宮古島市民にとって宝物であり、子供たちの未来への夢を託す「希望の滑走路」です。何としてでも国際ハブ空港を実現させ、日本からアジアへの開かれた扉として最大有効に活用出来るようにします。
6.陸上自衛隊の宮古島への誘致を阻止します。
元陸上自衛隊員である私は、従来は自衛隊の役割を支持し、安保条約も支持してまいりました。市民生活に警察が必要なように国を守る自衛隊は必要であり、その力不足を補う安保条約も必要である、と考えて来ました。
しかし、安保条約は不平等条約であり、特に沖縄県は敗戦後は日本の米軍基地の70%以上が駐留する異常な状態が維持され多くの苦しみを味合わされて来ました。
当然、沖縄本島の米軍基地も縮小され撤去を目指すべき中で、宮古島市に新しい基地を造る必要性を私は一切認めません。
現在、駐留されている自衛隊はその任務を立派に果たされており、警察と海上保安庁の皆様の任務遂行により、宮古島市の治安は充分に守られております。
下地島空港の軍事利用を断固反対すると同時に宮古島市への新たな基地の誘致にも断固反対し、阻止します。
7.農振法を改訂し、企業を誘致します。
沿岸部まで迫る土地改良事業の行き過ぎを修正し、緑地帯、防風林を増やすと同時に、道路、水道、電気etc…のインフラを整備して、リゾートホテルを含む島外からの企業誘致を活発にします。
公共工事予算は年々減額されておりますが、多くの企業が宮古島市に進出すれば、自ら土木建築業の仕事は増えます。
関連して、内装インテリア、電化製品、家具、食器小物etc…と大きな需要が生まれますので、インフラを更に充実させつつ、進出企業への助成や優遇策等も真剣検討します。
8.過去現在の市行政の見直しを行い改革します。
宮古島市の人口は5万5千人で市の職員は973名です。
糸満市は人口5万8千人で職員は471名です。
豊見城市は人口5万6千人で職員は374名です。
たとえ、池間島、来間島、伊良部島の離島を抱えているからと言っても、宮古島市の職員数は異常な多さだと思います。
まず、第一に各部を分庁に配置した無駄が大きいと思います。逆に宮古島市役所本庁の市民課等の通常業務を本庁から別に移して、調査、分析、立案、事業実施する部門はすべて本庁に集めるべきだと考えております。分庁は当然、市民課等の地域の日常業務のみ行います。
そして、更に業務の合理化、機構システムのシンプル化等、少数精鋭により効率的、効果的に充実した業務に取り組んでいただきます。
これにより、余剰人員が生まれますが、海事センターを初めとして、更に拡大充実させなければならない部門は多々ありますし、当然、新規の事業を起業しますので、そこへ適材適所の配置転換していただきます。
勿論、毎年定年退職される方も団塊の世代の方の退職があと数年続きますし、優遇的、勧奨退職も勧めます。更に、退職者の融資保証等の優遇策も検討し、漸次、職員数の適正化を計ります。
当然、若者の新規採用は必要ですので、一気に数百名減とは行きませんが、一人の首も切る事なく、8年くらいでは類似他市並みの人員にする事は可能だと考えております。その後は徐々に更に効率化を目指せば良いわけです。
実現した暁には、これだけでも年間数10億円新たな予算が生まれますので、更に市民生活の向上に寄与できます。
予算は、ただ貰いに行くものではなく、作るものだと思います。
市長とは経営トップであり、5万5千人の宮古島市民という株主により、職務を任命されており、いたずらに職員を増やしたり、無駄遣いしたり、効率の悪い業務を行えば、資金繰りは苦しくなり赤字になります。民間ならそこで倒産であり、市長は個人保証人として責任を取って、すべての財産は差し押さえとなるわけです。赤字経営で高給を貰い、ボーナスを貰い、退職金まで貰う?民間では「あり得ない!」ことでしょう。
市民が担保提供して、市民が保証人ですから、市全体で「全体責任無責任」体制が、過去から現在まで続いています。それらの「公務員の常識」は市民レベルでは「非常識」ですから今後は「市民の常識」に従って業務に取り組んで参ります。
以上の7つの取り組みに早急に着手して、宮古島市の機構改革を実現し、政策を根本から見直して、360億円といわれる市の一般予算の配分を革命的に適正に改善して、市民が納得し賛同し、満足できる政策を順次実現致します。
詳細な政策、事業計画案はたくさんあり、今後公表させていただきますが、市長になって最初にする仕事は、当然ですが市民すべての不満、意見、提案等の要望と希望を聞く事から始まるわけです。
そして、次に市職員全員の意見を聞き、議会の議員の皆様の意見を聞き、専門家の意見を聞いた上で、私の政策との整合性を計ります。
私の政策に行き過ぎがあり、納得すれば当然修正しますし、皆様からのより良い政策提案は喜んで採用実施させていただきます。
特に、
議員の皆様には市民の負託により選良として、公僕として職務を遂行されている事は市長と同様であり、「すべては市民の幸福実現の為」の一点においては、何の違いもありません。共に協力して豊かで平和な宮古島市づくりが出来るものと確信しております。
宮古島市職員の皆様には、行政政策を実行する職務であり、「仏をつくって魂を入れる」まさに魂の役割を担うわけです。
市長と議会がどのような素晴らしい政策を立案し、議決しても職員の真摯な仕事への取り組みがなければ、すべては中途半端になってしまいます。議員の皆様の絶大なる御支援と職員の皆様の絶大なる御協力が宮古島市再生には必要不可欠です。
世界の危険で困難な情勢は、日本を巻き込み、宮古島市もその渦中にあります。市長も命懸け、議員も命懸け、職員も命懸けで職務を遂行して初めて、すべての困難は克服され、すべての市民の幸福の実現は達成されると思っております。
全員一致、総力戦で宮古島市を改革し再構築し、市民の生活の安定繁栄を実現し、美しい平和で豊かな島々を蘇らせましょう。
教師、父兄、識者の意見を可能な限りアンケートを取り、聞き取り調査をして、すべての問題点を洗い出し、合理的なカリキュラムの改善向上策を含む、教育改革により、すべての子供たちの自信と希望と夢を育みます。
当然、教育予算には重点的に配慮して、必要充分な予算を確保します。
2.医療と福祉政策の充実。
健康保険税の異常な増額を徹底的にチェック分析して、可能なかぎり是正し、無保険者が増える事を阻止して、すべての市民が、気がねなく安心して必要な治療が受けられるようにします。
最初の取り組みとして、まず、義務教育までの医療、75歳以上の老人医療の完全無料化を目指し、将来的には市民すべての医療費負担を減らし、完全無料化を目指します。
(ちなみに「キューバ」は教育と医療費はすべて無料であり、貧乏な小国「キューバ」で実現されている事が、我々に不可能な筈はありません)
更に、母子家庭、父子家庭、困窮家庭が充分に安心して生活できるようにします。
福祉と医療は最低限の人間としての権利であり、重点的に予算配分します。
1.の教育改革と2.の福祉と医療の充実は、すべての政策に最優先して配分する最重要政策として考えております。
3.農業、漁業、商業の振興
食は生命維持の基本であり、土づくり、森づくり、海づくりの原点から取り組み、土も海も森も蘇らせ、最終的には食糧の完全自給自足を目指します。
当然ながら、宮古島市が枠先してリーダーシップを取りますが、県、漁業組合、農協、生産者との密接な連携により、他に類を見ない程の豊かな農業、豊かな漁業を実現させます。
当然ながら、調査、分析、研究、政策立案、事業実施に要する予算配分には必要充分な配慮をします。
また、飲食業、社交業、加工業、商業の中小零細企業は宮古島市観光業において、特に直接お客様と接するわけであり、開業資金、改装資金、設備資金、運転資金等の融資や保証を充実させ、多いに意欲を持って仕事に取り組めるような制度の構築を目指し、可能な限り早期に実現させます。
4.命の水を守り、自然環境を蘇らせます。
有機無農薬農業振興を含む、抜本的な農業改革と家庭排水、事業排水による汚染を阻止する政策を実施して、更に海を耕し海草を植え、マングローブを植え、珊瑚を育て魚貝の産卵場を造り、人工漁礁を増やします。
産業高校の教師、生徒たちの共同研究や農業試験場の充実拡大、海業センターの充実拡大等への予算も大巾に増額し、すべての自然環境を美しく蘇らせると共に虫も鳥も動物も魚貝類もすべての生命があふれるように豊かな島づくりを目指し、実現させます。
5.下地島空港の国際ハブ空港化を目指します。
伊良部町議会による下地島空港への自衛隊誘致を私が真っ先に断固反対したのは日本有数の貴重な下地島空港はまさに宮古島市民にとって宝物であり、子供たちの未来への夢を託す「希望の滑走路」です。何としてでも国際ハブ空港を実現させ、日本からアジアへの開かれた扉として最大有効に活用出来るようにします。
6.陸上自衛隊の宮古島への誘致を阻止します。
元陸上自衛隊員である私は、従来は自衛隊の役割を支持し、安保条約も支持してまいりました。市民生活に警察が必要なように国を守る自衛隊は必要であり、その力不足を補う安保条約も必要である、と考えて来ました。
しかし、安保条約は不平等条約であり、特に沖縄県は敗戦後は日本の米軍基地の70%以上が駐留する異常な状態が維持され多くの苦しみを味合わされて来ました。
当然、沖縄本島の米軍基地も縮小され撤去を目指すべき中で、宮古島市に新しい基地を造る必要性を私は一切認めません。
現在、駐留されている自衛隊はその任務を立派に果たされており、警察と海上保安庁の皆様の任務遂行により、宮古島市の治安は充分に守られております。
下地島空港の軍事利用を断固反対すると同時に宮古島市への新たな基地の誘致にも断固反対し、阻止します。
7.農振法を改訂し、企業を誘致します。
沿岸部まで迫る土地改良事業の行き過ぎを修正し、緑地帯、防風林を増やすと同時に、道路、水道、電気etc…のインフラを整備して、リゾートホテルを含む島外からの企業誘致を活発にします。
公共工事予算は年々減額されておりますが、多くの企業が宮古島市に進出すれば、自ら土木建築業の仕事は増えます。
関連して、内装インテリア、電化製品、家具、食器小物etc…と大きな需要が生まれますので、インフラを更に充実させつつ、進出企業への助成や優遇策等も真剣検討します。
8.過去現在の市行政の見直しを行い改革します。
宮古島市の人口は5万5千人で市の職員は973名です。
糸満市は人口5万8千人で職員は471名です。
豊見城市は人口5万6千人で職員は374名です。
たとえ、池間島、来間島、伊良部島の離島を抱えているからと言っても、宮古島市の職員数は異常な多さだと思います。
まず、第一に各部を分庁に配置した無駄が大きいと思います。逆に宮古島市役所本庁の市民課等の通常業務を本庁から別に移して、調査、分析、立案、事業実施する部門はすべて本庁に集めるべきだと考えております。分庁は当然、市民課等の地域の日常業務のみ行います。
そして、更に業務の合理化、機構システムのシンプル化等、少数精鋭により効率的、効果的に充実した業務に取り組んでいただきます。
これにより、余剰人員が生まれますが、海事センターを初めとして、更に拡大充実させなければならない部門は多々ありますし、当然、新規の事業を起業しますので、そこへ適材適所の配置転換していただきます。
勿論、毎年定年退職される方も団塊の世代の方の退職があと数年続きますし、優遇的、勧奨退職も勧めます。更に、退職者の融資保証等の優遇策も検討し、漸次、職員数の適正化を計ります。
当然、若者の新規採用は必要ですので、一気に数百名減とは行きませんが、一人の首も切る事なく、8年くらいでは類似他市並みの人員にする事は可能だと考えております。その後は徐々に更に効率化を目指せば良いわけです。
実現した暁には、これだけでも年間数10億円新たな予算が生まれますので、更に市民生活の向上に寄与できます。
予算は、ただ貰いに行くものではなく、作るものだと思います。
市長とは経営トップであり、5万5千人の宮古島市民という株主により、職務を任命されており、いたずらに職員を増やしたり、無駄遣いしたり、効率の悪い業務を行えば、資金繰りは苦しくなり赤字になります。民間ならそこで倒産であり、市長は個人保証人として責任を取って、すべての財産は差し押さえとなるわけです。赤字経営で高給を貰い、ボーナスを貰い、退職金まで貰う?民間では「あり得ない!」ことでしょう。
市民が担保提供して、市民が保証人ですから、市全体で「全体責任無責任」体制が、過去から現在まで続いています。それらの「公務員の常識」は市民レベルでは「非常識」ですから今後は「市民の常識」に従って業務に取り組んで参ります。
以上の7つの取り組みに早急に着手して、宮古島市の機構改革を実現し、政策を根本から見直して、360億円といわれる市の一般予算の配分を革命的に適正に改善して、市民が納得し賛同し、満足できる政策を順次実現致します。
詳細な政策、事業計画案はたくさんあり、今後公表させていただきますが、市長になって最初にする仕事は、当然ですが市民すべての不満、意見、提案等の要望と希望を聞く事から始まるわけです。
そして、次に市職員全員の意見を聞き、議会の議員の皆様の意見を聞き、専門家の意見を聞いた上で、私の政策との整合性を計ります。
私の政策に行き過ぎがあり、納得すれば当然修正しますし、皆様からのより良い政策提案は喜んで採用実施させていただきます。
特に、
議員の皆様には市民の負託により選良として、公僕として職務を遂行されている事は市長と同様であり、「すべては市民の幸福実現の為」の一点においては、何の違いもありません。共に協力して豊かで平和な宮古島市づくりが出来るものと確信しております。
宮古島市職員の皆様には、行政政策を実行する職務であり、「仏をつくって魂を入れる」まさに魂の役割を担うわけです。
市長と議会がどのような素晴らしい政策を立案し、議決しても職員の真摯な仕事への取り組みがなければ、すべては中途半端になってしまいます。議員の皆様の絶大なる御支援と職員の皆様の絶大なる御協力が宮古島市再生には必要不可欠です。
世界の危険で困難な情勢は、日本を巻き込み、宮古島市もその渦中にあります。市長も命懸け、議員も命懸け、職員も命懸けで職務を遂行して初めて、すべての困難は克服され、すべての市民の幸福の実現は達成されると思っております。
全員一致、総力戦で宮古島市を改革し再構築し、市民の生活の安定繁栄を実現し、美しい平和で豊かな島々を蘇らせましょう。
中山 誠
2009年01月08日
次期宮古島市長選挙へ立候補を表明するにあたり
市長とは
文字通り、市の長であり市民の代表として、宮古島市民すべての現在と未来の安全と繁栄を目指す義務を負う職務であると思います。
つまり、
すべての市民が生活に困窮しない事、すべての子供たちが望む教育を受けられる事。
すべての市民が怪我、病の治療を心置きなく受けられる事に常に心をくだき支える人物です。
市長はすべての市民が平和で安心安全に暮らせる社会環境実現の為の政策を遅滞無く立案実施し、中小零細の自営業、農業、漁業の経営改善と繁栄の為の政策を立案実施し、企業が新規に起業し、又、宮古島市に進出を希望するようにインフラを整備し、助成し、優遇策を講じる等の政策を立案実施して、宮古島市の未来恒久的な経済発展と市民の繁栄を実現させなければなりません。
そして、森林や雑木林、防風林を蘇(よみがえ)らせ、赤土等の海への流出を防ぎ、農毒薬や化学肥料の地下への浸透を防止して、汚染された環境を蘇らせ、地下水を永久不変に清らかに保たなければなりません。
仕事のすべては市民の為に減私奉仕する事であり、ここに私利私欲の入り込む余地はないと思います。
しかし、
過去、現在の宮古島市行政及び、市長の仕事への取り組みは「市民の為」の基本姿勢がなおざりにされ政策も大きく市民本位から乖離していると思います。
刮目(かつもく)して市の現状を見つめますと、不合理で偏った予算配分、利権争いと不祥事の続発etc…未来への希望どころか数年待たずに崩壊するのではないかと思わざるを得ません。
海は汚され魚貝は激減し、畑の土も死に、地下水も汚染を続けている宮古島市で、商業と工業、漁業、農業の後継者の育成の急務が叫ばれ続けて来ましたが、お先真っ暗の宮古島市の「儲からない現状と未来」に希望と夢を託す若者が果たして何人現れる事でしょう。
磯では魚どころかヒトデやイソギンチャク等の生物さえ見当たりません。
食用野草も薬草も残っているのはヤツウサとムツウサぐらいです。
蝶もトンボも減り、水スマシもゲンゴロウもいなくなりました。
夏の風物詩の蛍も見えず、うるさかった油蝉の声も聞こえず、カラスさえもいなくなりました。
今でさえ、既に宮古島市の自然環境は壊滅状態です。
10年後、100年後の宮古島市を想像して見て下さい。
楽園の島どころか虫の音も鳥の声もない沈黙の島かも知れません。
まして、
今世界は大恐慌寸前であり、食糧危機、エネルギー危機、水不足、人口爆発、民族紛争、テロの横行の中でついにアメリカ発金融危機による世界同時不況の真っ只中です。
そして今、
宮古島市ではこの危険で困難な世界情勢を我関せずとばかりに次期市長候補の選考委員会なるものが開かれ、新聞紙上を賑わせて来ました。」
「我こそは宮古島市の危機を救う!」
と名乗り出るのなら分かります。
「私を候補者にして下さい」と市長希望者が「選考委員会」に詣でるのを誰も不思議がりません。
市長を決めるのは市民の筈です。
党は党の利益を代行する者を選び、会派も組織団体も「市政奪還を目指す!」と叫び、平和と人権を標榜する革新も不祥事を続出させた「前市長の政策」を継続する者を選んだそうです。
それぞれ「市長選挙に勝つ事」が目的であり、「市民の為」「宮古島市の現在未来の為」の思いは見えず、「何の為に」「誰の為に」市長になるのかが置き去りにされているように私には感じられてなりません。
「金も要らぬ」「名もいらぬ」「地位や名誉もいらぬ」
すべては5万5千市民の為、宮古島市の未来を守る為に立つ!思いはこのひとつだけだ!との気概が残念ながら私には感じられません。
党や会派や組織団体の「市長の椅子取ゲーム」であり、市民不在の選挙活動としか思えてなりません。
私は19年間考え続け、特にこの3年間はブログや新聞投稿で訴え続けて「相応しい」市長候補者を探し求めて来ましたが、残念ながら現在名前のあがっている方々の中にはいないと思います。
この中の誰かが市長になっても宮古島市が変るとは思えないのです。
そこで、
私は19年間訴え続けて来た「市民の望む市長」に私がなろう、と決断いたしました。
勿論、
市長を決めるのは市民の皆さん、有権者の皆さんですが、私も覚悟を決めたからには不退転の決意で頑張ります。
とは言うものの、
党派の公認も組織団体の推薦も求めない単独立候補ですので活動には限界があります。一人でも多くの市民の皆さんの御指導と御支援を賜りましたなら幸いです。
以上を次期市長選挙への立候補にあたっての私の所信といたします。
文字通り、市の長であり市民の代表として、宮古島市民すべての現在と未来の安全と繁栄を目指す義務を負う職務であると思います。
つまり、
すべての市民が生活に困窮しない事、すべての子供たちが望む教育を受けられる事。
すべての市民が怪我、病の治療を心置きなく受けられる事に常に心をくだき支える人物です。
市長はすべての市民が平和で安心安全に暮らせる社会環境実現の為の政策を遅滞無く立案実施し、中小零細の自営業、農業、漁業の経営改善と繁栄の為の政策を立案実施し、企業が新規に起業し、又、宮古島市に進出を希望するようにインフラを整備し、助成し、優遇策を講じる等の政策を立案実施して、宮古島市の未来恒久的な経済発展と市民の繁栄を実現させなければなりません。
そして、森林や雑木林、防風林を蘇(よみがえ)らせ、赤土等の海への流出を防ぎ、農毒薬や化学肥料の地下への浸透を防止して、汚染された環境を蘇らせ、地下水を永久不変に清らかに保たなければなりません。
仕事のすべては市民の為に減私奉仕する事であり、ここに私利私欲の入り込む余地はないと思います。
しかし、
過去、現在の宮古島市行政及び、市長の仕事への取り組みは「市民の為」の基本姿勢がなおざりにされ政策も大きく市民本位から乖離していると思います。
刮目(かつもく)して市の現状を見つめますと、不合理で偏った予算配分、利権争いと不祥事の続発etc…未来への希望どころか数年待たずに崩壊するのではないかと思わざるを得ません。
海は汚され魚貝は激減し、畑の土も死に、地下水も汚染を続けている宮古島市で、商業と工業、漁業、農業の後継者の育成の急務が叫ばれ続けて来ましたが、お先真っ暗の宮古島市の「儲からない現状と未来」に希望と夢を託す若者が果たして何人現れる事でしょう。
磯では魚どころかヒトデやイソギンチャク等の生物さえ見当たりません。
食用野草も薬草も残っているのはヤツウサとムツウサぐらいです。
蝶もトンボも減り、水スマシもゲンゴロウもいなくなりました。
夏の風物詩の蛍も見えず、うるさかった油蝉の声も聞こえず、カラスさえもいなくなりました。
今でさえ、既に宮古島市の自然環境は壊滅状態です。
10年後、100年後の宮古島市を想像して見て下さい。
楽園の島どころか虫の音も鳥の声もない沈黙の島かも知れません。
まして、
今世界は大恐慌寸前であり、食糧危機、エネルギー危機、水不足、人口爆発、民族紛争、テロの横行の中でついにアメリカ発金融危機による世界同時不況の真っ只中です。
そして今、
宮古島市ではこの危険で困難な世界情勢を我関せずとばかりに次期市長候補の選考委員会なるものが開かれ、新聞紙上を賑わせて来ました。」
「我こそは宮古島市の危機を救う!」
と名乗り出るのなら分かります。
「私を候補者にして下さい」と市長希望者が「選考委員会」に詣でるのを誰も不思議がりません。
市長を決めるのは市民の筈です。
党は党の利益を代行する者を選び、会派も組織団体も「市政奪還を目指す!」と叫び、平和と人権を標榜する革新も不祥事を続出させた「前市長の政策」を継続する者を選んだそうです。
それぞれ「市長選挙に勝つ事」が目的であり、「市民の為」「宮古島市の現在未来の為」の思いは見えず、「何の為に」「誰の為に」市長になるのかが置き去りにされているように私には感じられてなりません。
「金も要らぬ」「名もいらぬ」「地位や名誉もいらぬ」
すべては5万5千市民の為、宮古島市の未来を守る為に立つ!思いはこのひとつだけだ!との気概が残念ながら私には感じられません。
党や会派や組織団体の「市長の椅子取ゲーム」であり、市民不在の選挙活動としか思えてなりません。
私は19年間考え続け、特にこの3年間はブログや新聞投稿で訴え続けて「相応しい」市長候補者を探し求めて来ましたが、残念ながら現在名前のあがっている方々の中にはいないと思います。
この中の誰かが市長になっても宮古島市が変るとは思えないのです。
そこで、
私は19年間訴え続けて来た「市民の望む市長」に私がなろう、と決断いたしました。
勿論、
市長を決めるのは市民の皆さん、有権者の皆さんですが、私も覚悟を決めたからには不退転の決意で頑張ります。
とは言うものの、
党派の公認も組織団体の推薦も求めない単独立候補ですので活動には限界があります。一人でも多くの市民の皆さんの御指導と御支援を賜りましたなら幸いです。
以上を次期市長選挙への立候補にあたっての私の所信といたします。
中山 誠
2008年12月23日
宮古水産業振興地域戦略会議に参加して…(私の振興計画案)
昨日(12月17日)午後2時より、沖縄県宮古支庁において、2回目の宮古水産業振興地域戦略会議が開催されました。
第1回目は
調査データの分析報告が中心でデータを分析し、下降するグラフで推論すれば、「日本が30年後」「沖縄県が20年後」「宮古は10年後」に漁業は壊滅するとの事で、大変な危機意識を持ちました。
今回、第2回目の会議でも平成19年度の宮古の漁業従事者は345名でその80%が60歳以上の高齢者であり、水産物の島外からの輸入は約70%あり、漁業への新規参入者は現状のままでは今後も期待できないとの事で、宮古の漁業はあと5年で壊滅するとの新たな予測報告がありました。
しかし、
このような危機的状況を再確認できた結果として今後はもっと「食育を推進する」「地産地消を推進する」「養殖業を振興する」「海業・海洋資源を活用した観光漁業、ダイビング業、体験学習etc…を推進する」などの提案がなされ、その後質疑応答にも多くの時間が当てられて、各漁業長をはじめ、関係者各位からも建設的で活発な意見発表がありました。
つきましては、一般市民代表として参加させていただきました。私の提案を報告させていただきます。
①港・漁港等整備拡張事業費の一部を水産業振興業に移行させる。
宮古島市の発展の為にも港の整備は重要だと思います。しかし一つの例を取ると、水納島の港の整備には、のべ10億円程の資金を要したと聞いております。もし事実ならば疑問です。一家族2所帯しか住んでいない小島の港に何故10億という莫大な資金を投じたのでしょうか。人の命は何よりも大切ではありますが、人口一人頭で割ると例え2~3億円だったとしても、やはり大き過ぎる公共工事予算ではないでしょうか。
私が水納島住民ならば2~3隻船を繋留できる規模の港と陸揚げする装置があれば充分だから、住まいの台風対策費と水処理装置等の緊急時の対策費だけ下さいとお願いしたいと思います。
これは一例ですが、宮古島の防波堤も無駄な物が多いと思います。逆に潮水を吹き上げ、撒き散らす構造の迷惑防波堤もあります。アダン、ヤラブ木、モクモウetc…に優る防波堤は無い!と私は常々考えております。
陸地の状況が浸食により崩れそうだと言う場合は、人工コンクリート堤防も必要でしょうが、それ以外の折角神様が与えてくれた美しい、最も有効な防風林を切り倒してコンクリートに変える必要性は非常に低かったのではないでしょうか…ということで、私の第一の提案は未来指向の予算配分をする事です。結局、予算、資金がなければすべてのアイディア、事業案も単なる空論で終わると思いますので、よろしく御勘案下さい。
②土地改良事業の見直し
海浜ギリギリまで畑になった、いわゆる土地改良事業を見る度にちょっと悲しくなります。一つには美しい林や森がなくなり、海は赤土で汚れた…と感じるからです。
森は海の恋人、山は海の恋人…
と申します。自然の枯れ葉や木の実は栄養素となって海を豊かにしますが、畑に散布する農毒薬や人工肥料は海を死滅させます。ゴルフ場に隣接した海に潜ると、まさに死の海です。魚どころか生き物の気配もありません。
完全に適正に調整された有機無農薬ならいざ知らず、現状の人工肥料と農薬づけ農業の為に海浜ギリギリまで林も森も小山も切り倒して、赤土むき出しの畑にするのは、例え農家にとっては多少の収入増になったとしても未来指向とはとても思えません。まして、農業も後継者がいない、育たないと叫ばれている中で「何でそこまでやるの?」と思うのは私一人ではないと思います。多分農家の方々も「そこまでは頼んでない」「ありがた迷惑」と思っていると思いますが、いかがでしょうか??
海を美しく守る事、魚の産卵場を残す為にも土地改良事業の見直しを提案します。
③ウォーターフロントの整備
旧張水港からマクラム通りの坂道延長線上の港湾内道路をまずもっときれいに整備します。美しい歩道と風害、塩害に強い樹木による並木を造り、将来的には西部社交街の移転と観光みやげ品店の商店街を造ります。
当然、道路の先端には、大型クルーザーが停泊できるバースを造ります。
その前に、現状の平良港入り口左に朝市場が設営されましたが、これは多分、南市場の撤去による一時しのぎの仮市場だと思いますので、とても中途半端であり、私たち飲食業の業者のほとんどは利用していないと思います。
また現在の場所は駐車場も狭いので、海に向かって右側の場所に大規模駐車場を完備した大型のウォーターフロント施設を造ります。
1階は
海産物の市場です。
将来的には数百坪に増築できる構造にしておきますが、スタートは100坪~150坪程度でも充分だと思います。従来、市場で商いを営んで来た方々は優先されますが、ほとんど老齢でもあり、多分スペースも設備も小規模になると思いますので、仲買の方や魚屋さん、冷凍業者、漁船のオーナー、新規参入希望者etc…、広く公募し沖縄№1と豪語できる充実した市場造りを目指します。当然、市や県が保証して設備資金調達や運転資金の充実を計りますが、国へも新事業として補助をお願い出来るのではないでしょうか。
2階は
1階で買った海産物を調理して提供する大食堂にします。
一品100円~200円程度で料理できると思います。この食堂も郷土料理専門、台湾料理、タイ料理、ベトナム、フィリピン、インドネシア、韓国、中華、和食、etc…と特色を持つ店を集めるわけです。
勿論、開店資金は県や市が保証しますから、若者も参加するでしょうし、アジア各国から宮古嫁になっている方々も喜んで参加すると思います。
現在、営業している飲食業の方々も希望者は案外多いと思います。原則としては、宮古島の漁業振興の為ですから、宮古島産の魚、貝、海藻類、エビ、カニetc…の販売となりますが、当初は輸入魚貝類も揃える必要はあると思います。
内容の充実したウォーターフロント施設なら、地元の方々にも観光客にも業者にも歓迎されるわけですから「安定した販路」が出来る事により、漁民の皆さんにも意欲をもって仕事に取り組んでいただけるのではないでしょうか。
また、それが後継者の育成にもつながると思いますので、是非とも「単なる箱物」ではない、生きた、皆に喜ばれ活用され、利益の上がる事業としてのウォーターフロント施設の建設を提案申し上げます。
④産官学協議会の設置
あまり大げさに構えない気軽に発言できる雰囲気の協議会がいいと思います。気兼ねせずに雑談ムードで小さな意見も出やすい協議会です。
総合実業高校の水産科、農業科の先生方と生徒たち。出来ましたら琉大や県内各大学にも依頼して参加してもらいますが、あくまでも中心は地元の高校の先生と生徒です。
彼らの参加により新しい事業、新しい農業のあり方、加工等の目指すところ、流通販路の開拓やインターネットによる販売etc…新しい提案がどんどん出てくる事でしょう。
私たち大人や業者や行政はその提案をよく分析して、可能性があるものには予算をつけ実行します。
おそらく、いくつもの可能性の高い提案がなされる事と思います。
以上の4つの提案が私の基本案です。その他には、海業センターの大幅の見直しによる充実計画、つまり海業に携わる若者を育てる為にも、予算を数倍増させ施設と規模を拡大します。
近い将来の養殖事業拡大の為にも徹底的に人材を育成し確保します。
・短期海洋大学の設立⇒2~3年程度で海の専門家を育てます。
そして、何よりもまず第一に、魚、カニ、エビ、貝の産卵場と育つ場所が必要です!
・大浦湾と与那覇湾の浄化⇒ヘドロと赤土と生活排水で固まった土砂を耕して、柔らかいきれいな砂地にします。
資金があれば一度、砂を入れ替える方が海を汚さないで済みますが、さすがにそこまでの資金調達は困難だと思いますので、まずは何回か耕す予算をつけます。(勿論、可能性があるなら国に予算を請求して砂ごとすべて入れ替えます)
・藻場の育成、マングローブ林の育成、人工珊瑚礁の育成⇒兎に角、魚貝の産卵場を真剣になって即刻にも造成しなければならないと思います。
最後に残されていた、トゥリバー近辺の海浜も埋め立てられてしまい、宮古島は沖釣り、船釣りでも漁獲は減っており、磯釣りは毎日がボーズです。魚が卵を産む場所が宮古島にはもうありませんから当然です。
私の小学生、中学生の頃までは張水桟橋でも「入れ食い」、パイナガマでも「入れ食い」で、パイナガマの浜を10分掘れば家族7人分の貝が獲れました。(まるで嘘みたいでしょう)
パイナガマでさえ、湧くように小魚たちが泳いでいたのです。勿論、水平数十メートルの透明な美しい海であり、海草がいっぱい揺らめいていました。
魚は海草や珊瑚が産卵場ですから、まずは藻場を育てて下さい。
大浦湾と与那覇湾にガサミやタマンの稚魚、稚貝を何万匹放流しても多分育たないでしょう。
現にカニ獲り漁師は一人、二人しか残っていませんが、シーズン中で1日にガサミ2~3匹がやっとなのです。ワタリガニも昔の半分の大きさも育ってなくて、食べるのが可哀想なくらいです。
大至急
で産卵場を造り拡大しなければ、折角の稚魚の放流もパヤオも無駄になるかも知れません。藻場もなく、珊瑚も減れば、稚魚たちはどこに隠れ、何を食べて育つのでしょうか。
以上、今後より詳細な提案にも心がけますが、これらの事だけでも充分に宮古島の水産業振興には結びつくと思います。まずはたくさんの意見や事業計画案を集め、計画を優先順位をつけ、実行案にして予算をつけるという確実な行程表をつくらなければならないと思います。
最後は兎に角、資金作り、予算の捻出です。
仮に私が市長でしたら、初年度は数千万円の予算にしろ、2年目からは億単位、4年間で10億円程度を最低目標として組みます。
10億円!とんでもない!そんな予算どこから持ってくるんだ!…
宮古島水産業の100年の計画であり、単に水産業者、漁民の後継者づくりに留まらず、すべての宮古島市民の将来のたんぱく源の確保と観光業の振興と、とりわけすべての若者に未来の夢を与え、有意義な職場を与える大事業です。
私の本音で言えば、総合的波及効果を考えれば、8年間掛けて100億円の投資でも安いぐらいと思いますが…さていかがなものでしょうか?
取り急ぎ、御提案申し上げます。
第1回目は
調査データの分析報告が中心でデータを分析し、下降するグラフで推論すれば、「日本が30年後」「沖縄県が20年後」「宮古は10年後」に漁業は壊滅するとの事で、大変な危機意識を持ちました。
今回、第2回目の会議でも平成19年度の宮古の漁業従事者は345名でその80%が60歳以上の高齢者であり、水産物の島外からの輸入は約70%あり、漁業への新規参入者は現状のままでは今後も期待できないとの事で、宮古の漁業はあと5年で壊滅するとの新たな予測報告がありました。
しかし、
このような危機的状況を再確認できた結果として今後はもっと「食育を推進する」「地産地消を推進する」「養殖業を振興する」「海業・海洋資源を活用した観光漁業、ダイビング業、体験学習etc…を推進する」などの提案がなされ、その後質疑応答にも多くの時間が当てられて、各漁業長をはじめ、関係者各位からも建設的で活発な意見発表がありました。
つきましては、一般市民代表として参加させていただきました。私の提案を報告させていただきます。
①港・漁港等整備拡張事業費の一部を水産業振興業に移行させる。
宮古島市の発展の為にも港の整備は重要だと思います。しかし一つの例を取ると、水納島の港の整備には、のべ10億円程の資金を要したと聞いております。もし事実ならば疑問です。一家族2所帯しか住んでいない小島の港に何故10億という莫大な資金を投じたのでしょうか。人の命は何よりも大切ではありますが、人口一人頭で割ると例え2~3億円だったとしても、やはり大き過ぎる公共工事予算ではないでしょうか。
私が水納島住民ならば2~3隻船を繋留できる規模の港と陸揚げする装置があれば充分だから、住まいの台風対策費と水処理装置等の緊急時の対策費だけ下さいとお願いしたいと思います。
これは一例ですが、宮古島の防波堤も無駄な物が多いと思います。逆に潮水を吹き上げ、撒き散らす構造の迷惑防波堤もあります。アダン、ヤラブ木、モクモウetc…に優る防波堤は無い!と私は常々考えております。
陸地の状況が浸食により崩れそうだと言う場合は、人工コンクリート堤防も必要でしょうが、それ以外の折角神様が与えてくれた美しい、最も有効な防風林を切り倒してコンクリートに変える必要性は非常に低かったのではないでしょうか…ということで、私の第一の提案は未来指向の予算配分をする事です。結局、予算、資金がなければすべてのアイディア、事業案も単なる空論で終わると思いますので、よろしく御勘案下さい。
②土地改良事業の見直し
海浜ギリギリまで畑になった、いわゆる土地改良事業を見る度にちょっと悲しくなります。一つには美しい林や森がなくなり、海は赤土で汚れた…と感じるからです。
森は海の恋人、山は海の恋人…
と申します。自然の枯れ葉や木の実は栄養素となって海を豊かにしますが、畑に散布する農毒薬や人工肥料は海を死滅させます。ゴルフ場に隣接した海に潜ると、まさに死の海です。魚どころか生き物の気配もありません。
完全に適正に調整された有機無農薬ならいざ知らず、現状の人工肥料と農薬づけ農業の為に海浜ギリギリまで林も森も小山も切り倒して、赤土むき出しの畑にするのは、例え農家にとっては多少の収入増になったとしても未来指向とはとても思えません。まして、農業も後継者がいない、育たないと叫ばれている中で「何でそこまでやるの?」と思うのは私一人ではないと思います。多分農家の方々も「そこまでは頼んでない」「ありがた迷惑」と思っていると思いますが、いかがでしょうか??
海を美しく守る事、魚の産卵場を残す為にも土地改良事業の見直しを提案します。
③ウォーターフロントの整備
旧張水港からマクラム通りの坂道延長線上の港湾内道路をまずもっときれいに整備します。美しい歩道と風害、塩害に強い樹木による並木を造り、将来的には西部社交街の移転と観光みやげ品店の商店街を造ります。
当然、道路の先端には、大型クルーザーが停泊できるバースを造ります。
その前に、現状の平良港入り口左に朝市場が設営されましたが、これは多分、南市場の撤去による一時しのぎの仮市場だと思いますので、とても中途半端であり、私たち飲食業の業者のほとんどは利用していないと思います。
また現在の場所は駐車場も狭いので、海に向かって右側の場所に大規模駐車場を完備した大型のウォーターフロント施設を造ります。
1階は
海産物の市場です。
将来的には数百坪に増築できる構造にしておきますが、スタートは100坪~150坪程度でも充分だと思います。従来、市場で商いを営んで来た方々は優先されますが、ほとんど老齢でもあり、多分スペースも設備も小規模になると思いますので、仲買の方や魚屋さん、冷凍業者、漁船のオーナー、新規参入希望者etc…、広く公募し沖縄№1と豪語できる充実した市場造りを目指します。当然、市や県が保証して設備資金調達や運転資金の充実を計りますが、国へも新事業として補助をお願い出来るのではないでしょうか。
2階は
1階で買った海産物を調理して提供する大食堂にします。
一品100円~200円程度で料理できると思います。この食堂も郷土料理専門、台湾料理、タイ料理、ベトナム、フィリピン、インドネシア、韓国、中華、和食、etc…と特色を持つ店を集めるわけです。
勿論、開店資金は県や市が保証しますから、若者も参加するでしょうし、アジア各国から宮古嫁になっている方々も喜んで参加すると思います。
現在、営業している飲食業の方々も希望者は案外多いと思います。原則としては、宮古島の漁業振興の為ですから、宮古島産の魚、貝、海藻類、エビ、カニetc…の販売となりますが、当初は輸入魚貝類も揃える必要はあると思います。
内容の充実したウォーターフロント施設なら、地元の方々にも観光客にも業者にも歓迎されるわけですから「安定した販路」が出来る事により、漁民の皆さんにも意欲をもって仕事に取り組んでいただけるのではないでしょうか。
また、それが後継者の育成にもつながると思いますので、是非とも「単なる箱物」ではない、生きた、皆に喜ばれ活用され、利益の上がる事業としてのウォーターフロント施設の建設を提案申し上げます。
④産官学協議会の設置
あまり大げさに構えない気軽に発言できる雰囲気の協議会がいいと思います。気兼ねせずに雑談ムードで小さな意見も出やすい協議会です。
総合実業高校の水産科、農業科の先生方と生徒たち。出来ましたら琉大や県内各大学にも依頼して参加してもらいますが、あくまでも中心は地元の高校の先生と生徒です。
彼らの参加により新しい事業、新しい農業のあり方、加工等の目指すところ、流通販路の開拓やインターネットによる販売etc…新しい提案がどんどん出てくる事でしょう。
私たち大人や業者や行政はその提案をよく分析して、可能性があるものには予算をつけ実行します。
おそらく、いくつもの可能性の高い提案がなされる事と思います。
以上の4つの提案が私の基本案です。その他には、海業センターの大幅の見直しによる充実計画、つまり海業に携わる若者を育てる為にも、予算を数倍増させ施設と規模を拡大します。
近い将来の養殖事業拡大の為にも徹底的に人材を育成し確保します。
・短期海洋大学の設立⇒2~3年程度で海の専門家を育てます。
そして、何よりもまず第一に、魚、カニ、エビ、貝の産卵場と育つ場所が必要です!
・大浦湾と与那覇湾の浄化⇒ヘドロと赤土と生活排水で固まった土砂を耕して、柔らかいきれいな砂地にします。
資金があれば一度、砂を入れ替える方が海を汚さないで済みますが、さすがにそこまでの資金調達は困難だと思いますので、まずは何回か耕す予算をつけます。(勿論、可能性があるなら国に予算を請求して砂ごとすべて入れ替えます)
・藻場の育成、マングローブ林の育成、人工珊瑚礁の育成⇒兎に角、魚貝の産卵場を真剣になって即刻にも造成しなければならないと思います。
最後に残されていた、トゥリバー近辺の海浜も埋め立てられてしまい、宮古島は沖釣り、船釣りでも漁獲は減っており、磯釣りは毎日がボーズです。魚が卵を産む場所が宮古島にはもうありませんから当然です。
私の小学生、中学生の頃までは張水桟橋でも「入れ食い」、パイナガマでも「入れ食い」で、パイナガマの浜を10分掘れば家族7人分の貝が獲れました。(まるで嘘みたいでしょう)
パイナガマでさえ、湧くように小魚たちが泳いでいたのです。勿論、水平数十メートルの透明な美しい海であり、海草がいっぱい揺らめいていました。
魚は海草や珊瑚が産卵場ですから、まずは藻場を育てて下さい。
大浦湾と与那覇湾にガサミやタマンの稚魚、稚貝を何万匹放流しても多分育たないでしょう。
現にカニ獲り漁師は一人、二人しか残っていませんが、シーズン中で1日にガサミ2~3匹がやっとなのです。ワタリガニも昔の半分の大きさも育ってなくて、食べるのが可哀想なくらいです。
大至急
で産卵場を造り拡大しなければ、折角の稚魚の放流もパヤオも無駄になるかも知れません。藻場もなく、珊瑚も減れば、稚魚たちはどこに隠れ、何を食べて育つのでしょうか。
以上、今後より詳細な提案にも心がけますが、これらの事だけでも充分に宮古島の水産業振興には結びつくと思います。まずはたくさんの意見や事業計画案を集め、計画を優先順位をつけ、実行案にして予算をつけるという確実な行程表をつくらなければならないと思います。
何をどの程度の規模で、いつまでに実現させる、その予算はいくらで、こういう方法で確保する!
最後は兎に角、資金作り、予算の捻出です。
仮に私が市長でしたら、初年度は数千万円の予算にしろ、2年目からは億単位、4年間で10億円程度を最低目標として組みます。
10億円!とんでもない!そんな予算どこから持ってくるんだ!…
宮古島水産業の100年の計画であり、単に水産業者、漁民の後継者づくりに留まらず、すべての宮古島市民の将来のたんぱく源の確保と観光業の振興と、とりわけすべての若者に未来の夢を与え、有意義な職場を与える大事業です。
私の本音で言えば、総合的波及効果を考えれば、8年間掛けて100億円の投資でも安いぐらいと思いますが…さていかがなものでしょうか?
取り急ぎ、御提案申し上げます。
平成20年12月22日
豊かで平和で楽しい宮古島市をつくる会
中山 誠
2008年12月10日
次期市長選に望むこと
伊志嶺市長辞任表明後の次期市長選へ向けて、宮古島市議会の会派勢力が決まったそうです。
自民党8人、公明党2人でいわゆる自公は10人。「そうぞう」を中心にした新会派「21世紀新風会」は10人だが、近々与党から2名加わるそうで合計12人。与党革新系は6人だが新風会へ2名抜ける見込みで4人。無会派は1人となるようです。
会派勢力で単純に次期市長選を占えば、「21世紀新風会」が推す市長候補が最も有力であり、迫っているのが自公候補となり、革新は見る影もありません。
今、
全国では民主党革新連合が圧倒的に優勢と見られている中で、宮古島だけがまるで時代に逆行しているようです。
しかし、それは当然とも言えそうです。
空白の15年、失われた15年とさえ言われる、「伊志嶺革新行政」の積年の失政のツケが一気に巡って来たのです。
伊志嶺亮氏の市長初挑戦を心から支援し、初当選を心から喜んだ者の一人としては本当に残念ですが、私は伊志嶺市長誕生の一期目半ばからは、既にその無為無策ぶりに呆れていました。
バブルが弾けて巷には不況の風が吹き荒れているのにも気付かないかのように、馬鹿の一つ覚えとも思える「平和論」を唱え「文化の街造り」を唱えるのみで、何一つとして経済活性化に取り組む姿勢が見られなかったからです。
「利権行政打倒」「金権選挙打倒」「命の水を守れ」と華々しくデビューしたヒーローへの熱い期待が私の中では冷めてしまったものの、革新の皆さんは15年間の長さに渡って彼を擁立し支えて来ました。
しかも、
宮古島市長になってからのこの3年間は贈収賄あり、業務上横領あり、議会無視の市有地売却ありetc…と不祥事続出
の泥沼状態にはまり込んでしまいました。
伊志嶺市長を支持支援し擁護して来た革新諸団体の市民に対する罪は重いと思います。
さて、市議会最大会派となった「21世紀新風会」ですが、元々母体は「そうぞう」であり、これは下地幹郎代議士の設立した「そうぞう」の宮古支部であり配下組織でしょう。
彼らは自公でも革新でもない第3の政治集団としてデビューしましたが、元々自民党系、革新系の議員が下地幹郎氏を盟主として集っただけであり、私たち市民から見れば「第3の利権集団」に思えます。
そもそも、
宮古島市長選挙において、伊志嶺候補者は自分が打倒を目指した「不倶戴天の敵」とも言える、下地米一元市長と下地幹郎代議士に支持を頼み、推薦人になってもらうと言う、前代未聞、青天の霹靂とも言える信じられないスタンドプレーにより辛勝しました。
そこで市議会に誕生したのが「そうぞう」第3の政治集団という、私たち市民から見れば下地親子による市長への圧力団体です。
一人一人、個人として会えば、能力もあり、キャリアもあり、人間的魅力もある議員の皆さんですが、何故か議員になるといつも徒党を組み、「市民本位」の議員としての義務を忘れたかのように権力闘争に明け暮れております。
何の為に議員になり、誰の為に働いているのか…まるで「議員の本分」を忘れているとしか思えません。
そして、21世紀新風会の会長は「勝てる候補者を挙げて市民の理解を得たい」と述べております。
まず、「勝つ為の候補、勝てる候補」ありきというわけです。
勿論、こうも述べています。
「市民の為の政策を中心に据えた会派である」
と。
本当でしょうか?
本当に市民はこれを鵜呑みに信じ、理解を示すのでしょうか?
また、「自公と一線を画す」と言いますが、メンバーは元々、自民系保守系が中心であり、更に下地幹郎代議士も、そもそも自民党比例区の異例の抜擢によって代議士になり「反革新の闘士」だった筈です。
「君子豹変す」は本来は過ちを改めるという事ですが、最近は自分の言動を一変させると言う悪い意味で使われており、下地幹郎代議士はどちらに「豹変」したのでしょうか?
「きれい事で選挙が勝てるか!」
との名言(迷言)を吐いた市長もおりましたが、「勝てる候補者」や「勝つ為の会派結成」には本当に「市民への思い」は含まれているのでしょうか。
アメリカでさえも変りました。
オバマ新大統領は「チェンジ!We Can Change!」と言い続けました。
そして、「白人も黒人も、共和党も民主党も無い。我々はアメリカ人だ!」と国民の融和と一致団結を唱え、求めています。
日本も変るでしょう。
インドでもタイでも変化は既に始まっています。中国も変わらずを得ないでしょう。
宮古島市だけが、まるで「井戸の中」みたいに変らず澱んだままでいいのでしょうか?
「井の中の蛙」のまま「鍋の中のゆで蛙」のままで私たち市民は停滞を続け退化し、腐敗していく運命だとでも言うのでしょうか?
議員の皆さん、市民の皆さん。「100年に1度の危機」「世界同時不況」「大恐慌」と言われる大嵐、大津波は必ず宮古島をも襲ってきます。
個人の利益や一集団の利益の為ではなく、市民一人一人が知恵を寄せ合い、融和し、一致団結してこの苦難の時代を乗り越えなければなりません。
議員の皆さん、市民の皆さん。旧態依然の選挙をやめて、政党や会派組織や業者に頼らない候補者で、あくまでも候補者本人の誠実な人柄、政策立案能力、実行力、先見性、リーダーシップで市長を選ぶ選挙にして下さい。
心からよろしくお願い申し上げます。
自民党8人、公明党2人でいわゆる自公は10人。「そうぞう」を中心にした新会派「21世紀新風会」は10人だが、近々与党から2名加わるそうで合計12人。与党革新系は6人だが新風会へ2名抜ける見込みで4人。無会派は1人となるようです。
会派勢力で単純に次期市長選を占えば、「21世紀新風会」が推す市長候補が最も有力であり、迫っているのが自公候補となり、革新は見る影もありません。
今、
全国では民主党革新連合が圧倒的に優勢と見られている中で、宮古島だけがまるで時代に逆行しているようです。
しかし、それは当然とも言えそうです。
空白の15年、失われた15年とさえ言われる、「伊志嶺革新行政」の積年の失政のツケが一気に巡って来たのです。
伊志嶺亮氏の市長初挑戦を心から支援し、初当選を心から喜んだ者の一人としては本当に残念ですが、私は伊志嶺市長誕生の一期目半ばからは、既にその無為無策ぶりに呆れていました。
バブルが弾けて巷には不況の風が吹き荒れているのにも気付かないかのように、馬鹿の一つ覚えとも思える「平和論」を唱え「文化の街造り」を唱えるのみで、何一つとして経済活性化に取り組む姿勢が見られなかったからです。
「利権行政打倒」「金権選挙打倒」「命の水を守れ」と華々しくデビューしたヒーローへの熱い期待が私の中では冷めてしまったものの、革新の皆さんは15年間の長さに渡って彼を擁立し支えて来ました。
しかも、
宮古島市長になってからのこの3年間は贈収賄あり、業務上横領あり、議会無視の市有地売却ありetc…と不祥事続出
の泥沼状態にはまり込んでしまいました。
伊志嶺市長を支持支援し擁護して来た革新諸団体の市民に対する罪は重いと思います。
さて、市議会最大会派となった「21世紀新風会」ですが、元々母体は「そうぞう」であり、これは下地幹郎代議士の設立した「そうぞう」の宮古支部であり配下組織でしょう。
彼らは自公でも革新でもない第3の政治集団としてデビューしましたが、元々自民党系、革新系の議員が下地幹郎氏を盟主として集っただけであり、私たち市民から見れば「第3の利権集団」に思えます。
そもそも、
宮古島市長選挙において、伊志嶺候補者は自分が打倒を目指した「不倶戴天の敵」とも言える、下地米一元市長と下地幹郎代議士に支持を頼み、推薦人になってもらうと言う、前代未聞、青天の霹靂とも言える信じられないスタンドプレーにより辛勝しました。
そこで市議会に誕生したのが「そうぞう」第3の政治集団という、私たち市民から見れば下地親子による市長への圧力団体です。
一人一人、個人として会えば、能力もあり、キャリアもあり、人間的魅力もある議員の皆さんですが、何故か議員になるといつも徒党を組み、「市民本位」の議員としての義務を忘れたかのように権力闘争に明け暮れております。
何の為に議員になり、誰の為に働いているのか…まるで「議員の本分」を忘れているとしか思えません。
そして、21世紀新風会の会長は「勝てる候補者を挙げて市民の理解を得たい」と述べております。
まず、「勝つ為の候補、勝てる候補」ありきというわけです。
勿論、こうも述べています。
「市民の為の政策を中心に据えた会派である」
と。
本当でしょうか?
本当に市民はこれを鵜呑みに信じ、理解を示すのでしょうか?
また、「自公と一線を画す」と言いますが、メンバーは元々、自民系保守系が中心であり、更に下地幹郎代議士も、そもそも自民党比例区の異例の抜擢によって代議士になり「反革新の闘士」だった筈です。
「君子豹変す」は本来は過ちを改めるという事ですが、最近は自分の言動を一変させると言う悪い意味で使われており、下地幹郎代議士はどちらに「豹変」したのでしょうか?
「きれい事で選挙が勝てるか!」
との名言(迷言)を吐いた市長もおりましたが、「勝てる候補者」や「勝つ為の会派結成」には本当に「市民への思い」は含まれているのでしょうか。
アメリカでさえも変りました。
オバマ新大統領は「チェンジ!We Can Change!」と言い続けました。
そして、「白人も黒人も、共和党も民主党も無い。我々はアメリカ人だ!」と国民の融和と一致団結を唱え、求めています。
日本も変るでしょう。
インドでもタイでも変化は既に始まっています。中国も変わらずを得ないでしょう。
宮古島市だけが、まるで「井戸の中」みたいに変らず澱んだままでいいのでしょうか?
「井の中の蛙」のまま「鍋の中のゆで蛙」のままで私たち市民は停滞を続け退化し、腐敗していく運命だとでも言うのでしょうか?
議員の皆さん、市民の皆さん。「100年に1度の危機」「世界同時不況」「大恐慌」と言われる大嵐、大津波は必ず宮古島をも襲ってきます。
個人の利益や一集団の利益の為ではなく、市民一人一人が知恵を寄せ合い、融和し、一致団結してこの苦難の時代を乗り越えなければなりません。
議員の皆さん、市民の皆さん。旧態依然の選挙をやめて、政党や会派組織や業者に頼らない候補者で、あくまでも候補者本人の誠実な人柄、政策立案能力、実行力、先見性、リーダーシップで市長を選ぶ選挙にして下さい。
心からよろしくお願い申し上げます。
豊かで平和で楽しい宮古島をつくる会
中山 誠
中山 誠
2008年12月10日
蠢動(しゅんどう)
「そうぞう」
と一部の与野党議員による
されたそうです。
会長:新里 聡、会長代行:下地 秀一、幹事長:山里 雅彦、政調会長:仲間 明典、総務会長:池間 豊 とやたらに『長』が多い組織だが、その他にも池間雅昭、前川尚誼、與那覇タズ子など「そうぞう」の議員6人に野党議員、与党議員が加わり12人になるそうです。
新会派の名称は
「21世紀新風会」
で、会長の新里聡議員は「新会派を中心にして、来る市長選で勝てる候補者を挙げて市民の理解を得たい」と語ったそうです。
そして、「市民の為の政策を中心に据えた会派である」と強調しているそうです。
さて、市民の理解は本当に得られるのでしょうか?
本当に市民の為の政策を中心に実行するのでしょうか?
「そうぞう」の6人は元々、下地幹郎代議士の配下組織であり、反自民党、反公明党のいわゆる反自公の第3の利益集団です。
(また本来、下地幹郎氏は反革新です。)
そこにお先真っ暗な自民党野党系の議員が加わり、沈没寸前の伊志嶺丸から脱出した与党議員が加わって、次の市長選で自公保守系、革新系に成り代わって権力を奪取しようとの目論見にしか私には見えませんが、市民の皆さんはどう思われますか?
つまり、
宮古島の権力の座から長く遠ざけられていた下地米一、幹郎親子を盟主と仰ぐ不平分子たちが蠢動して、更に不平分子を募って立ち上げた集団に過ぎず、兎に角、まずは「選挙で勝つ事」が目的であり、「市民の為」は単なるキャッチフレーズ、建て前のきれい事だと私は思います。
私が思うには、「そうぞう」でも強くリーダーシップを取っている者は多分1~2人でしょう。つまり、彼らが、元々下地幹郎代議士の強い後押しを受けているわけで、その他の議員は美味しそうなエサを目の前にぶら下げられたか、将来の不安をうまくつかれたか…いずれにしても、自公と組んでも革新にいてもウマ味はないと思っただけなのでしょう。自民党系ですら8人しかいませんから、「そうぞう」で6人まとまれば、色々とキャスティングボードは握れますしね。
キャッチフレーズも「保守でも革新でもない第3の勢力」とまるで市民サイドに立つようで、格好良いわけです。そして現実に何度もそのパワーを発揮して見せました。
まさに第3の利益集団です。
そして、愈々千載一遇のチャンスが巡って来ました。
「度重なる不祥事の責任を取っての市長辞任」です。権力奪取はこのチャンスしかありません。必死に口説いた事でしょう。おかげで12人で宮古島市議会最大会派の誕生です。
自民党8人、公明党2人合わせて10人を上回りました。革新は残念ながら見る影もありません。当然とも言えます。無為無策の上に不祥事続出の伊志嶺亮市長を擁立して来たツケが回ったのです。大いに反省してもらいたいと思います。
本来の革新は
「弱い者の味方、貧しい者の味方」の筈です。
この15年間の伊志嶺行政はそれに併行する施策が目立ちました。その上に、網紀は乱れ、汚職、横領とも言える不祥事は続出したにも関わらず、後援組織も支援団体も何の対処もせず、伊志嶺行政は一切の粛正も改善改革も無いままで市民にとっては空しい15年間であり、不況に苦しみ続けた15年間でした。
この罪は重い!
「民主主義、多数決選挙で選んだのは市民だ!」
と言ってしまえばそれまでです。
しかし、
真に「革新に相応しい人物」を擁立しなかった責任の方がずーっと大きいと、私は思いますが、革新の皆さんいかがでしょうか?
さて、不平分子は蠢動し、自公も市政奪還に躍起となり革新も権力を守ろうとして間もなく「三つ巴」の争いが始まります。
それぞれ誰を候補者に擁立するのか興味津々ですね。
巷の噂では、出たがっている人は、宮古テレビ社長の藤村明憲氏、坂井民二氏、池間雅昭議員との事ですが、中々面白い顔ぶれです。
その他に出したい人として野津グループの野津武彦社長や、奥平一夫県議、元連合会長の狩俣氏など現在の所は、この6人が有力のようです。
いずれの方々も、個人的には実績もあり、有能な方々と思います。
しかし、
問題は市長として自己犠牲の精神、ボランティア精神で、私利私欲を捨て、公平公正な施策を行い、弱い者、貧しい者から真っ先に助け、病を恐れず、老後を憂えず、喜んで子供を産み育てられる宮古島市を作る覚悟があるか否かでしょう。
市職員の定数半減実施だけでも不可能に近い程困難であり、新しく市長になる者は嫌われても憎まれてもやり遂げる強い意志が必要であり、自分自身が泥をかぶり、宮古島市の構造的欠陥と魑魅魍魎(ちみもうりょう)を不倶戴天(ふぐたいてん)の敵とばかりに粛正し変革する覚悟はあるのでしょうか?
是非とも、立候補にあたっては、真剣に考えて、己の人生のすべてを懸けて市民に奉仕する決意を誓ってもらいたいものです。
現議員の皆さんにもお願い申し上げます。
世界は大変動の時を迎えております。
環境汚染、地球温暖化、海水面上昇、食糧不足、エネルギー不足、水不足、人工爆発的増加、そして金融危機から実体経済の崩壊という世界同時不況、大恐慌に既に突入しております。
当然、宮古島へもこの大津波は押し寄せてきます。既に皆さんは「選良」として市民に選ばれた方々です。
この事を今一度真剣に考えて見て下さい。
私が会った議員の方々は、一人一人は優れた方々ばかりでした。
しかし、
議員としては正直申し上げて疑問が残ります。<
伊志嶺亮先生もそうです。個人的には宮古島市で最も優れた医師であり、傑出した文化人であり、市民の多くから愛される人柄でした。
市長という権力の座や議員という権力の座が何故か人を狂わせるように思えてなりません。
年間360億円余の市の予算がピンハネ出来る「タダ金」「ボタモチ」に見えているのでしょうか?ただ食い団体戦ですね。
だからこそ市民は「誰が市長になっても議員になっても同じ」とサジを投げるのでしょう。
しかし、キリストの最後の審判とも法難とも言える程の100年に1度、いや数千年に1度の未曾有の苦難が宮古島市を襲って来ます。
いたずらに徒党を組んで権力闘争をするのではなく議員一人一人が自分の意志で市長を選んで下さい。
「いまさら遅い!」いえ、決意するのに遅すぎる事はありません。良い決断こそがあなたへの市民の真の信頼になる、と私は確信しております。
たった5万5千人の南の珊瑚礁の島で、自公だ、革新だ、第3の政治勢力だと争っているのです。
「井の中の蛙」の争いと何も変りません。 そして蛙を冷水の鍋に入れ、徐々に温めていくと逃げ出さないそうです。最後は沸騰し、煮立って死んでしまうそうです。
まるで、現在の宮古島市の行政の姿であり、私たち市民もこのままでは共に煮立って亡びる事でしょう。
議員の皆さん、あなたという個人の尊厳は何よりも尊いものであり、誰にも犯すこと事はできないのです。
是非、あなた自身の心の声にのみ耳を傾けて、あなたが議員として市民の一人として果すべき義務としての「市民の為、宮古島市の未来の為」のあなたの決断を示して下さい。
例え、どのような建て前を述べたとしても「新しい会派」とか、自公とか革新系とかはすべて「不偏不党」「市民本位」の精神から遠く逸脱しており、市民の目で見れば単なる一部の「利益集団」としか思えません。
小さな南の島では、本来なら一人一人が独立した市民として政策をそれぞれ提案し、多数決で決めれば充分だと思います。そうすれば、集団による利権闘争も無くなり、市民も全員融和して一致団結して、素晴らしい未来が築けると思います。
議員の皆さん、新市長立候補予定者の皆さん、今こそ島を愛する心、故郷を愛する心、島の子供たちの未来を守る心を示す時だと思います。
「きれい事で選挙に勝てるか!」ではなくて、「市民の望む事を常に考える人物」だけが市長に相応しいのです。
次期市長選に向け、自民会派も立候補者選考委員会を立ち上げたそうですが、先の県議選でも「いわゆる密室談合」で問題となりしこりを残しました。革新系も同様でしょう。今回も21世紀新風会を中心に、三つ巴の利権選挙で宮古島の未来が決まるのでしょうか?
アメリカでさえも変ろうとしています。世界も変わる事でしょう。
We Can Change!私たちも変りましょう。
市民の皆さん、変えるのは私たち市民一人一人の一票です。
従来型選挙の候補者にはNO!の審判を下してください。
心からよろしくお願い申し上げます。
と一部の与野党議員による
新会派が結成
されたそうです。
会長:新里 聡、会長代行:下地 秀一、幹事長:山里 雅彦、政調会長:仲間 明典、総務会長:池間 豊 とやたらに『長』が多い組織だが、その他にも池間雅昭、前川尚誼、與那覇タズ子など「そうぞう」の議員6人に野党議員、与党議員が加わり12人になるそうです。
新会派の名称は
「21世紀新風会」
で、会長の新里聡議員は「新会派を中心にして、来る市長選で勝てる候補者を挙げて市民の理解を得たい」と語ったそうです。
そして、「市民の為の政策を中心に据えた会派である」と強調しているそうです。
さて、市民の理解は本当に得られるのでしょうか?
本当に市民の為の政策を中心に実行するのでしょうか?
「そうぞう」の6人は元々、下地幹郎代議士の配下組織であり、反自民党、反公明党のいわゆる反自公の第3の利益集団です。
(また本来、下地幹郎氏は反革新です。)
そこにお先真っ暗な自民党野党系の議員が加わり、沈没寸前の伊志嶺丸から脱出した与党議員が加わって、次の市長選で自公保守系、革新系に成り代わって権力を奪取しようとの目論見にしか私には見えませんが、市民の皆さんはどう思われますか?
つまり、
宮古島の権力の座から長く遠ざけられていた下地米一、幹郎親子を盟主と仰ぐ不平分子たちが蠢動して、更に不平分子を募って立ち上げた集団に過ぎず、兎に角、まずは「選挙で勝つ事」が目的であり、「市民の為」は単なるキャッチフレーズ、建て前のきれい事だと私は思います。
私が思うには、「そうぞう」でも強くリーダーシップを取っている者は多分1~2人でしょう。つまり、彼らが、元々下地幹郎代議士の強い後押しを受けているわけで、その他の議員は美味しそうなエサを目の前にぶら下げられたか、将来の不安をうまくつかれたか…いずれにしても、自公と組んでも革新にいてもウマ味はないと思っただけなのでしょう。自民党系ですら8人しかいませんから、「そうぞう」で6人まとまれば、色々とキャスティングボードは握れますしね。
キャッチフレーズも「保守でも革新でもない第3の勢力」とまるで市民サイドに立つようで、格好良いわけです。そして現実に何度もそのパワーを発揮して見せました。
まさに第3の利益集団です。
そして、愈々千載一遇のチャンスが巡って来ました。
「度重なる不祥事の責任を取っての市長辞任」です。権力奪取はこのチャンスしかありません。必死に口説いた事でしょう。おかげで12人で宮古島市議会最大会派の誕生です。
自民党8人、公明党2人合わせて10人を上回りました。革新は残念ながら見る影もありません。当然とも言えます。無為無策の上に不祥事続出の伊志嶺亮市長を擁立して来たツケが回ったのです。大いに反省してもらいたいと思います。
本来の革新は
「弱い者の味方、貧しい者の味方」の筈です。
この15年間の伊志嶺行政はそれに併行する施策が目立ちました。その上に、網紀は乱れ、汚職、横領とも言える不祥事は続出したにも関わらず、後援組織も支援団体も何の対処もせず、伊志嶺行政は一切の粛正も改善改革も無いままで市民にとっては空しい15年間であり、不況に苦しみ続けた15年間でした。
この罪は重い!
「民主主義、多数決選挙で選んだのは市民だ!」
と言ってしまえばそれまでです。
しかし、
真に「革新に相応しい人物」を擁立しなかった責任の方がずーっと大きいと、私は思いますが、革新の皆さんいかがでしょうか?
さて、不平分子は蠢動し、自公も市政奪還に躍起となり革新も権力を守ろうとして間もなく「三つ巴」の争いが始まります。
それぞれ誰を候補者に擁立するのか興味津々ですね。
巷の噂では、出たがっている人は、宮古テレビ社長の藤村明憲氏、坂井民二氏、池間雅昭議員との事ですが、中々面白い顔ぶれです。
その他に出したい人として野津グループの野津武彦社長や、奥平一夫県議、元連合会長の狩俣氏など現在の所は、この6人が有力のようです。
いずれの方々も、個人的には実績もあり、有能な方々と思います。
しかし、
問題は市長として自己犠牲の精神、ボランティア精神で、私利私欲を捨て、公平公正な施策を行い、弱い者、貧しい者から真っ先に助け、病を恐れず、老後を憂えず、喜んで子供を産み育てられる宮古島市を作る覚悟があるか否かでしょう。
市職員の定数半減実施だけでも不可能に近い程困難であり、新しく市長になる者は嫌われても憎まれてもやり遂げる強い意志が必要であり、自分自身が泥をかぶり、宮古島市の構造的欠陥と魑魅魍魎(ちみもうりょう)を不倶戴天(ふぐたいてん)の敵とばかりに粛正し変革する覚悟はあるのでしょうか?
是非とも、立候補にあたっては、真剣に考えて、己の人生のすべてを懸けて市民に奉仕する決意を誓ってもらいたいものです。
現議員の皆さんにもお願い申し上げます。
世界は大変動の時を迎えております。
環境汚染、地球温暖化、海水面上昇、食糧不足、エネルギー不足、水不足、人工爆発的増加、そして金融危機から実体経済の崩壊という世界同時不況、大恐慌に既に突入しております。
当然、宮古島へもこの大津波は押し寄せてきます。既に皆さんは「選良」として市民に選ばれた方々です。
この事を今一度真剣に考えて見て下さい。
私が会った議員の方々は、一人一人は優れた方々ばかりでした。
しかし、
議員としては正直申し上げて疑問が残ります。<
伊志嶺亮先生もそうです。個人的には宮古島市で最も優れた医師であり、傑出した文化人であり、市民の多くから愛される人柄でした。
市長という権力の座や議員という権力の座が何故か人を狂わせるように思えてなりません。
年間360億円余の市の予算がピンハネ出来る「タダ金」「ボタモチ」に見えているのでしょうか?ただ食い団体戦ですね。
だからこそ市民は「誰が市長になっても議員になっても同じ」とサジを投げるのでしょう。
しかし、キリストの最後の審判とも法難とも言える程の100年に1度、いや数千年に1度の未曾有の苦難が宮古島市を襲って来ます。
いたずらに徒党を組んで権力闘争をするのではなく議員一人一人が自分の意志で市長を選んで下さい。
「いまさら遅い!」いえ、決意するのに遅すぎる事はありません。良い決断こそがあなたへの市民の真の信頼になる、と私は確信しております。
たった5万5千人の南の珊瑚礁の島で、自公だ、革新だ、第3の政治勢力だと争っているのです。
世界地図で見て下さい。
点ほどの小さな島です。
点ほどの小さな島です。
「井の中の蛙」の争いと何も変りません。 そして蛙を冷水の鍋に入れ、徐々に温めていくと逃げ出さないそうです。最後は沸騰し、煮立って死んでしまうそうです。
まるで、現在の宮古島市の行政の姿であり、私たち市民もこのままでは共に煮立って亡びる事でしょう。
議員の皆さん、あなたという個人の尊厳は何よりも尊いものであり、誰にも犯すこと事はできないのです。
是非、あなた自身の心の声にのみ耳を傾けて、あなたが議員として市民の一人として果すべき義務としての「市民の為、宮古島市の未来の為」のあなたの決断を示して下さい。
例え、どのような建て前を述べたとしても「新しい会派」とか、自公とか革新系とかはすべて「不偏不党」「市民本位」の精神から遠く逸脱しており、市民の目で見れば単なる一部の「利益集団」としか思えません。
小さな南の島では、本来なら一人一人が独立した市民として政策をそれぞれ提案し、多数決で決めれば充分だと思います。そうすれば、集団による利権闘争も無くなり、市民も全員融和して一致団結して、素晴らしい未来が築けると思います。
議員の皆さん、新市長立候補予定者の皆さん、今こそ島を愛する心、故郷を愛する心、島の子供たちの未来を守る心を示す時だと思います。
「きれい事で選挙に勝てるか!」ではなくて、「市民の望む事を常に考える人物」だけが市長に相応しいのです。
次期市長選に向け、自民会派も立候補者選考委員会を立ち上げたそうですが、先の県議選でも「いわゆる密室談合」で問題となりしこりを残しました。革新系も同様でしょう。今回も21世紀新風会を中心に、三つ巴の利権選挙で宮古島の未来が決まるのでしょうか?
アメリカでさえも変ろうとしています。世界も変わる事でしょう。
We Can Change!私たちも変りましょう。
市民の皆さん、変えるのは私たち市民一人一人の一票です。
従来型選挙の候補者にはNO!の審判を下してください。
心からよろしくお願い申し上げます。
中山 誠
2008年12月02日
新市長候補者に望む事
ついに、
市長が辞任を表明
しました。
平良市長3期、宮古島市長3年余…お疲れ様でした。
しかし、
余りに長い失われた15年間だと感じるのは私一人ではないと思います。
丁度、バブルが崩壊した直後とは言え、伊志嶺市政と同時に宮古島は不況がスタートし、イイザト(西部社交街)は閑古鳥が鳴き、次々に店が閉まり、建物が取り壊され、今では空地だらけとなりました。同時に、小さな飲食店が次々に開店しました。
17年前、数軒しかなかった居酒屋も今では100軒を超えております。
つまり、
不況による店閉まいでつぶれた店の従業員や不況による公共工事の激減でリストラされた土建業の従業員、夢を抱いて宮古島に来たIターンの方々…働く場所のない人々が、空き店舗を少ない資金で次々と開店させたわけです。
宮古島と言うパイは限られており、それを食べる人がドンドン増えるわけですから、一人一人の分はドンドン減りますので、大きな居酒屋やレストラン程逆に経費を維持できず潰れて行きます。
土建業はまず、
孫請けが直撃を受け、下請けが予算を削られ淘汰されますが、元請けのAクラス、特Aクラスも青息吐息で苦しんでいます。
兎に角、
景気の良い話をほとんど耳にした事の無い15年間でした。
そして、失われた15年間の最後の3カ年は泥沼の3ヵ年。いわゆる不祥事続出の3ヵ年になりました。
議会承認の無い市有地売却や工事なき工事代金支払い、そして、競争入札妨害、土地改良区の公金の個人口座への5年間の移し替え
etc…と
大きな事件だけでもわずか3年間でこれだけあります。
その他にもアトールエメラルドホテルの賃貸料5億円余の長期滞納や東平安名崎の入札無き超格安売買契約(相場の10分の1以下とも言われる)などは宮古島市長選の報奨の噂も流れておりました。
しかも、
これらの事件や不祥事は氷山の一角だとも言われ、関連捜査は続いているそうで、まだまだ逮捕者も増えそうです。
100年に1度の世界の危機と言われる厳しい情勢の中で、宮古島市は浄化不能、再起不能とも言える構造的機能障害を起こしています。
このような状況の中で市長の辞任が表明された以上、選挙は近いと思います。(任期ギリギリねばるとの見方もありますが?)
つきましては、
自薦、他薦を問わず、次の市長を目指す立候補者の皆さんに、是非とも取り組んで欲しい事を下記の通り、お願い申し上げます。
①業者がらみの選挙をやめる。
…応援する業者は当然見返りを求めますので、市長選での業者の支援は一切断る。
②市民本位の立場を守る。
…自民党、公明党、社民党、民主党、社大党、そうぞう、労働組合、各種団体、革新共闘etc…保守と革新や第3の政治集団等に分別される、党、会派、団体の公認や推薦を断る。
世界同時不況、大恐慌の中、宮古島市行政は目に余る構造的欠陥を大改革し、公正な人事を行い、人員を削減し適正な予算配分を確立し…と市民と行政が共に一致団結する事によってのみ、未来への展望も可能になると思います。党利党略、派利派略に偏らず、市民こぞって融和して、この100年に1度と言われる危機を乗り越えねばなりません。
③まず、隗より始めよ。
…まず自分の給料から減額して下さい。宮古島市は他市の平均職員数と比べて2倍以上の職員を抱えているそうです。いずれ近い機会に、職員数も半減し、人件費も減額しなければならないでしょう。
その為にも、「給与の為、権力の為でなく命懸けで市民に奉仕する」との姿勢を示すべきであり、まずは市長自らの給与、賞与、退職金等を半減して下さい。
④予算の優先順位を改善する
…行政の第一の仕事は市民の生活の維持と安定、安全を守る事であり、真っ先に「弱い者、貧しい者に光をあてる事です」体の弱っている人、病気になった人、貧しくて生活が苦しい人、…を探し、見つけ、助ける事からやらなければなりません。
そして未来の為には、まず教育こそが肝心要ですから、教育予算は必要充分に配分する事、次に老人医療を含む、すべての医療福祉予算も必要充分に確保して下さい。
その他の予算配分はすべてその後に優先順位を良く考えて配分して下さい。
⑤景気回復策を早期に起案する事
…中小零細業者のみならず、宮古島市のほとんどの業者が売上の鈍化や減少、物価の上昇による経費の増加に苦しんでいます。早期の景気回復を目指す為の市独自の起業案を含め、インフラ整備や条件緩和などの優遇策により島外 からの企業誘致にも全力を挙げて下さい。
それがひいては、市職員の人員削減策にもつながり、観光客増加にもつながり、中小零細業者を含むすべての事業の経営改善にも繋がります。
但し、或る程度の運転資金と設備資金があれば充分に回復可能な業者で、待った無しの苦しい業者には、緊急の融資保証制度などの緊急対策も真剣に検討して下さい。
…細かくは、まだ沢山のお願いがありますが、取り急ぎ、以上の5項目について真剣に御検討の上、御賛同いただけましたなら幸いです。
このように、すべての立候補予定者が「不偏不党の立場」で、無私公正な市民本位の公約、マニフェストを掲げるならば、市民は一切対立する事なく、その人物の「キャリア」、「人柄」、「計画立案力」、「決断力」、「実行力」、「勇気」…リーダーシップをそれぞれ分析検討して新しい市長を決定し、投票する事が出来ると思います。
従来のように、あの人は保守だから嫌だ、あの人は革新だから駄目だ、などの馬鹿げた選挙をやめる最初で最後のチャンスです。
「あの人が市長になったら指名入札で優遇して貰える、あの人が市長になったら私も得をする」などとメリットで票が動く事も無くなります。
同じ部落や家族親戚、友達、その他の個人的な支援者etc…人情として友情としてのこのような協力や個人の支援は認められるし、当然ですが、兎に角、「利益報奨度外視」の選挙にして下さい。
風雲は急を告げております。そして100年に1度と言う世界同時不景気、大恐慌の波は今、宮古島にも押し寄せています。
誰が市長になっても「悩み、苦しみ、泥をかぶり嫌われ傷だらけになる覚悟」が無ければ、この苦難を乗り越える事は不可能です。
それでも「あなた」は立候補するのなら是非とも「減私奉公」の犠牲的精神で先述しました5つの項目を基本にした上で、独自の政策を公表し市長を目指して下さい。お願いします。
次の市長へ残される評価は「我が身を犠牲にして宮古島市を救った人」か「宮古島市を食い物にして潰した人」のいずれかしかない、と私は思います。それ程に宮古島市の現状は厳しいのです。
あなたが目指すのはどちらの市長像ですか?
市長が辞任を表明
しました。
平良市長3期、宮古島市長3年余…お疲れ様でした。
しかし、
余りに長い失われた15年間だと感じるのは私一人ではないと思います。
丁度、バブルが崩壊した直後とは言え、伊志嶺市政と同時に宮古島は不況がスタートし、イイザト(西部社交街)は閑古鳥が鳴き、次々に店が閉まり、建物が取り壊され、今では空地だらけとなりました。同時に、小さな飲食店が次々に開店しました。
17年前、数軒しかなかった居酒屋も今では100軒を超えております。
つまり、
不況による店閉まいでつぶれた店の従業員や不況による公共工事の激減でリストラされた土建業の従業員、夢を抱いて宮古島に来たIターンの方々…働く場所のない人々が、空き店舗を少ない資金で次々と開店させたわけです。
宮古島と言うパイは限られており、それを食べる人がドンドン増えるわけですから、一人一人の分はドンドン減りますので、大きな居酒屋やレストラン程逆に経費を維持できず潰れて行きます。
土建業はまず、
孫請けが直撃を受け、下請けが予算を削られ淘汰されますが、元請けのAクラス、特Aクラスも青息吐息で苦しんでいます。
兎に角、
景気の良い話をほとんど耳にした事の無い15年間でした。
そして、失われた15年間の最後の3カ年は泥沼の3ヵ年。いわゆる不祥事続出の3ヵ年になりました。
議会承認の無い市有地売却や工事なき工事代金支払い、そして、競争入札妨害、土地改良区の公金の個人口座への5年間の移し替え
etc…と
大きな事件だけでもわずか3年間でこれだけあります。
その他にもアトールエメラルドホテルの賃貸料5億円余の長期滞納や東平安名崎の入札無き超格安売買契約(相場の10分の1以下とも言われる)などは宮古島市長選の報奨の噂も流れておりました。
しかも、
これらの事件や不祥事は氷山の一角だとも言われ、関連捜査は続いているそうで、まだまだ逮捕者も増えそうです。
100年に1度の世界の危機と言われる厳しい情勢の中で、宮古島市は浄化不能、再起不能とも言える構造的機能障害を起こしています。
このような状況の中で市長の辞任が表明された以上、選挙は近いと思います。(任期ギリギリねばるとの見方もありますが?)
つきましては、
自薦、他薦を問わず、次の市長を目指す立候補者の皆さんに、是非とも取り組んで欲しい事を下記の通り、お願い申し上げます。
①業者がらみの選挙をやめる。
…応援する業者は当然見返りを求めますので、市長選での業者の支援は一切断る。
②市民本位の立場を守る。
…自民党、公明党、社民党、民主党、社大党、そうぞう、労働組合、各種団体、革新共闘etc…保守と革新や第3の政治集団等に分別される、党、会派、団体の公認や推薦を断る。
世界同時不況、大恐慌の中、宮古島市行政は目に余る構造的欠陥を大改革し、公正な人事を行い、人員を削減し適正な予算配分を確立し…と市民と行政が共に一致団結する事によってのみ、未来への展望も可能になると思います。党利党略、派利派略に偏らず、市民こぞって融和して、この100年に1度と言われる危機を乗り越えねばなりません。
③まず、隗より始めよ。
…まず自分の給料から減額して下さい。宮古島市は他市の平均職員数と比べて2倍以上の職員を抱えているそうです。いずれ近い機会に、職員数も半減し、人件費も減額しなければならないでしょう。
その為にも、「給与の為、権力の為でなく命懸けで市民に奉仕する」との姿勢を示すべきであり、まずは市長自らの給与、賞与、退職金等を半減して下さい。
④予算の優先順位を改善する
…行政の第一の仕事は市民の生活の維持と安定、安全を守る事であり、真っ先に「弱い者、貧しい者に光をあてる事です」体の弱っている人、病気になった人、貧しくて生活が苦しい人、…を探し、見つけ、助ける事からやらなければなりません。
そして未来の為には、まず教育こそが肝心要ですから、教育予算は必要充分に配分する事、次に老人医療を含む、すべての医療福祉予算も必要充分に確保して下さい。
その他の予算配分はすべてその後に優先順位を良く考えて配分して下さい。
⑤景気回復策を早期に起案する事
…中小零細業者のみならず、宮古島市のほとんどの業者が売上の鈍化や減少、物価の上昇による経費の増加に苦しんでいます。早期の景気回復を目指す為の市独自の起業案を含め、インフラ整備や条件緩和などの優遇策により島外 からの企業誘致にも全力を挙げて下さい。
それがひいては、市職員の人員削減策にもつながり、観光客増加にもつながり、中小零細業者を含むすべての事業の経営改善にも繋がります。
但し、或る程度の運転資金と設備資金があれば充分に回復可能な業者で、待った無しの苦しい業者には、緊急の融資保証制度などの緊急対策も真剣に検討して下さい。
…細かくは、まだ沢山のお願いがありますが、取り急ぎ、以上の5項目について真剣に御検討の上、御賛同いただけましたなら幸いです。
このように、すべての立候補予定者が「不偏不党の立場」で、無私公正な市民本位の公約、マニフェストを掲げるならば、市民は一切対立する事なく、その人物の「キャリア」、「人柄」、「計画立案力」、「決断力」、「実行力」、「勇気」…リーダーシップをそれぞれ分析検討して新しい市長を決定し、投票する事が出来ると思います。
従来のように、あの人は保守だから嫌だ、あの人は革新だから駄目だ、などの馬鹿げた選挙をやめる最初で最後のチャンスです。
「あの人が市長になったら指名入札で優遇して貰える、あの人が市長になったら私も得をする」などとメリットで票が動く事も無くなります。
同じ部落や家族親戚、友達、その他の個人的な支援者etc…人情として友情としてのこのような協力や個人の支援は認められるし、当然ですが、兎に角、「利益報奨度外視」の選挙にして下さい。
風雲は急を告げております。そして100年に1度と言う世界同時不景気、大恐慌の波は今、宮古島にも押し寄せています。
誰が市長になっても「悩み、苦しみ、泥をかぶり嫌われ傷だらけになる覚悟」が無ければ、この苦難を乗り越える事は不可能です。
それでも「あなた」は立候補するのなら是非とも「減私奉公」の犠牲的精神で先述しました5つの項目を基本にした上で、独自の政策を公表し市長を目指して下さい。お願いします。
次の市長へ残される評価は「我が身を犠牲にして宮古島市を救った人」か「宮古島市を食い物にして潰した人」のいずれかしかない、と私は思います。それ程に宮古島市の現状は厳しいのです。
あなたが目指すのはどちらの市長像ですか?
豊かで平和で楽しい宮古島をつくる会
中山 誠
中山 誠
2008年12月01日
市政刷新のラストチャンス!
ついに逮捕者が出ました。
宮古島行政は回復不能となり、あとは余命をカウントダウンするだけだと思います。希望が見えません。
市、町、村、時代の不祥事の数々を差し引いて、宮古島市になってからのわずか三カ年間でも一体いくつの不祥事が起きたのでしょうか?
その中には、刑事告発、起訴されてもおかしくない重大な事件も何件もありました。おそらく、行政を起訴するには困難な条件が多々必要なのだろう、とじれったく感じたものでした。
このようにして、市民の記憶からも忘れ去られた不祥事は過去何十年で何十件もあり、しかもおそらくこれらは氷山の一角だと思われて仕方がありません。
まさに、
構造的贈収賄体質であり、談合、利権体質が積年の間に確立されているのでしょう。
伊志嶺亮市長は「次々と不祥事が起きてトップとして恥ずかしい」と釈明したそうです。
しかし、市長自らも告発されているのです。「職員には常日頃から綱紀粛正を口酸っぱく伝えて来たが、浸透していないことについては市民に申し訳ないと思っている」と詫びたものの、
これでは「私は正しい事をやるように言っているが職員が守らない」と責任を「職員の悪事であり、私の責任ではない」と責任転嫁しているように聞こえてしまいます。
会社経営者や自営業者が倒産を「社員が悪かった。従業員が駄目だった。私は真面目に仕事をしろ、と言っていたのに…」と言いますか?
『市長!すべてはあなたのリーダーシップの問題であり、あなたの責任なのです!』
思い返せば、
私も何度もブログで述べ、投稿もし、また保良地区住民からの度重なる叫弾もあった、東平安名崎問題がウヤムヤになった事が、その後の不祥事続出の発端だったと思います。
民間相場、坪単価3万円以上とも言われる東平安名崎近辺の景勝地2万坪余を㈱吉野(下地米蔵社長)に入札もなく坪3千円で宮古島市は売却し、議会でも違法契約だと問題になり、保良地区住民も猛烈な反対運動を起こしました。
しかし通常ならリコール活動も開始される程の大問題もいつしか尻すぼみとなりました。
宮古島住民の熱し易く、冷め易い」性格がその後の不祥事に「何をやっても大丈夫!」とのお墨付きを行政に与えてしまったのでしょう。
ゴロゴロ模合に代表されるように、「食い逃げしても6ヶ月~1年もあれば宮古島に帰ってもOK!」と言う、宮古島の寛容さが行政の利権、談合、収賄体質を増幅させ続けているのでしょう。
伊志嶺亮市長は、任期を全うする意欲を示していたようですが、今回の市職員の逮捕のみならず、
巷では
行政トップクラスの就任祝いとしてそれぞれ「業者から10万~百万円単位の御祝儀があり、その金額は千万円単位になったそうだ」との噂が流れ続けています。
お祝いに御祝儀はつきものです。
しかし、
市の公共事業を請け負う業者からの御祝儀はいかがなものでしょうか?
しかも、
一業者が何十万円、何百万円などと言う御祝儀なら法に触れると思うのですが、いかがでしょうか?
私たちには事実かどうかを確認する術はありませんが、御本人たちの近い筋からの情報でもあり、また「そんな事は宮古島の常識!」と多くの方々が話していますので、是非とも調査(捜査)して欲しいものです。
さて、
いずれにしても伊志嶺市長の任期全うは困難に思えます。
そして、
既に水面下では自薦、他薦の候補者が目白押しのようです。自民、公明の公認、推薦を狙う人、革新統一候補を目指す人…どちらのサイドにも複数の候補者名が取沙汰されています。
おそらく従来通りの「業者主導選挙」が繰り広げられ、業者の動員力で市長が決まるのでしょう。
コレまでの宮古島市民は「私は白い猫が好き」、「私は黒い猫が好き」と好みを色分けしてきました。
そろそろ「白い猫でも黒い猫でも、黄色い猫でも、野良の猫でもどっちでもいい」と猫の性格や能力で決めてもいい時期だと思うのですがいかがでしょうか?
アメリカのオバマ新大統領は言いました。
そして、人種差別の激しいアメリカで奇跡とも言える初めての黒人大統領が誕生したのです。
私も常々述べて来ました。
「市民の融合と一致団結が今こそ求められている時はない!」
と私は思います。
「どうせ誰が市長になっても同じ!」と従来と同質の市長を選び、利権体質構造の行政機構を温存させてしまうのか、「我が身に泥をかぶり、嫌われても損を承知で命がけで大改革を行い、行政予算を最大有効に無駄無く、適正な優先順位で配分し、市民の為の事業目的を達成する市長」を選ぶのかが、今こそ私たち市民の義務であり、子孫への使命と思いますが、いかがでしょうか。
「貧しい者、弱い者にまず最初に救いの手を差し伸べて、教育と医療福祉を優先し、決して利権には手を染めない人物を選びたいものです」
宮古島市の未来は私たち市民にも託されています。子供たちに希望の持てる島を残し、夢が育つ島を残す為の最後のチャンスです。
Time Up!? NO!We Can Change! We have a Hope!
(限界!? いや!私たち市民が変えるのです! 私たちには希望があります。)
※11月27日朝刊を読み早速「市政刷新のラストチャンス!」の投稿を書き、意見を述べさせて頂きましたが、翌28日に朝刊に「伊志嶺亮市長が辞意表明」と一面大見出しでの掲載がありました。
しかし、
辞意の時期についての質問に対しては相変わらずと言うか、「おいおい分かる」と答えており、私たち市民への謝罪や反省の気持ちが感じられない事はとても残念です。
平良市長を三期務め、宮古島市長に就任して三年余りの市長職であり、本来なら「御苦労様でした」と感謝申し上げるところですが、澱む水は腐り、長期政権による「権力は腐敗する」を市民に実感させた度重なる不祥事を思えば、「やっと宮古島も変る」かも知れないとの期待が残されただけかも知れません。
でもやっぱり「伊志嶺市長、長い間御苦労様でした」と申し上げさせて頂きます。
しかし、次の市長は大変ですヨ。
一身に泥をかぶり、嫌われ、憎まれる大改革が待ち受けています。
「まず、自分の給与から引き下げ、悩んで熱慮を重ね、すべてのデータを分析し、全機構の大改革を断行し、職員数をバッサリ半減する為の事業を多数実現し、完全無私公平公正な市民本位の行政を確立する!」
それでもあなたは市長になりたいですか?
宮古島行政は回復不能となり、あとは余命をカウントダウンするだけだと思います。希望が見えません。
市、町、村、時代の不祥事の数々を差し引いて、宮古島市になってからのわずか三カ年間でも一体いくつの不祥事が起きたのでしょうか?
その中には、刑事告発、起訴されてもおかしくない重大な事件も何件もありました。おそらく、行政を起訴するには困難な条件が多々必要なのだろう、とじれったく感じたものでした。
このようにして、市民の記憶からも忘れ去られた不祥事は過去何十年で何十件もあり、しかもおそらくこれらは氷山の一角だと思われて仕方がありません。
まさに、
構造的贈収賄体質であり、談合、利権体質が積年の間に確立されているのでしょう。
伊志嶺亮市長は「次々と不祥事が起きてトップとして恥ずかしい」と釈明したそうです。
しかし、市長自らも告発されているのです。「職員には常日頃から綱紀粛正を口酸っぱく伝えて来たが、浸透していないことについては市民に申し訳ないと思っている」と詫びたものの、
これでは「私は正しい事をやるように言っているが職員が守らない」と責任を「職員の悪事であり、私の責任ではない」と責任転嫁しているように聞こえてしまいます。
会社経営者や自営業者が倒産を「社員が悪かった。従業員が駄目だった。私は真面目に仕事をしろ、と言っていたのに…」と言いますか?
『市長!すべてはあなたのリーダーシップの問題であり、あなたの責任なのです!』
思い返せば、
私も何度もブログで述べ、投稿もし、また保良地区住民からの度重なる叫弾もあった、東平安名崎問題がウヤムヤになった事が、その後の不祥事続出の発端だったと思います。
民間相場、坪単価3万円以上とも言われる東平安名崎近辺の景勝地2万坪余を㈱吉野(下地米蔵社長)に入札もなく坪3千円で宮古島市は売却し、議会でも違法契約だと問題になり、保良地区住民も猛烈な反対運動を起こしました。
しかし通常ならリコール活動も開始される程の大問題もいつしか尻すぼみとなりました。
宮古島住民の熱し易く、冷め易い」性格がその後の不祥事に「何をやっても大丈夫!」とのお墨付きを行政に与えてしまったのでしょう。
ゴロゴロ模合に代表されるように、「食い逃げしても6ヶ月~1年もあれば宮古島に帰ってもOK!」と言う、宮古島の寛容さが行政の利権、談合、収賄体質を増幅させ続けているのでしょう。
伊志嶺亮市長は、任期を全うする意欲を示していたようですが、今回の市職員の逮捕のみならず、
巷では
行政トップクラスの就任祝いとしてそれぞれ「業者から10万~百万円単位の御祝儀があり、その金額は千万円単位になったそうだ」との噂が流れ続けています。
お祝いに御祝儀はつきものです。
しかし、
市の公共事業を請け負う業者からの御祝儀はいかがなものでしょうか?
しかも、
一業者が何十万円、何百万円などと言う御祝儀なら法に触れると思うのですが、いかがでしょうか?
私たちには事実かどうかを確認する術はありませんが、御本人たちの近い筋からの情報でもあり、また「そんな事は宮古島の常識!」と多くの方々が話していますので、是非とも調査(捜査)して欲しいものです。
さて、
いずれにしても伊志嶺市長の任期全うは困難に思えます。
そして、
既に水面下では自薦、他薦の候補者が目白押しのようです。自民、公明の公認、推薦を狙う人、革新統一候補を目指す人…どちらのサイドにも複数の候補者名が取沙汰されています。
おそらく従来通りの「業者主導選挙」が繰り広げられ、業者の動員力で市長が決まるのでしょう。
コレまでの宮古島市民は「私は白い猫が好き」、「私は黒い猫が好き」と好みを色分けしてきました。
そろそろ「白い猫でも黒い猫でも、黄色い猫でも、野良の猫でもどっちでもいい」と猫の性格や能力で決めてもいい時期だと思うのですがいかがでしょうか?
アメリカのオバマ新大統領は言いました。
「白人でもない、黒人でもない、共和党でも民主党でもない、我々はアメリカ人だ!」
と。
そして、人種差別の激しいアメリカで奇跡とも言える初めての黒人大統領が誕生したのです。
私も常々述べて来ました。
「自民、公明、社民、社大、民主、共産…保守自公でも革新共闘でもない市民本位の行政を!」
と。
「市民の融合と一致団結が今こそ求められている時はない!」
と私は思います。
「どうせ誰が市長になっても同じ!」と従来と同質の市長を選び、利権体質構造の行政機構を温存させてしまうのか、「我が身に泥をかぶり、嫌われても損を承知で命がけで大改革を行い、行政予算を最大有効に無駄無く、適正な優先順位で配分し、市民の為の事業目的を達成する市長」を選ぶのかが、今こそ私たち市民の義務であり、子孫への使命と思いますが、いかがでしょうか。
「貧しい者、弱い者にまず最初に救いの手を差し伸べて、教育と医療福祉を優先し、決して利権には手を染めない人物を選びたいものです」
宮古島市の未来は私たち市民にも託されています。子供たちに希望の持てる島を残し、夢が育つ島を残す為の最後のチャンスです。
Time Up!? NO!We Can Change! We have a Hope!
(限界!? いや!私たち市民が変えるのです! 私たちには希望があります。)
※11月27日朝刊を読み早速「市政刷新のラストチャンス!」の投稿を書き、意見を述べさせて頂きましたが、翌28日に朝刊に「伊志嶺亮市長が辞意表明」と一面大見出しでの掲載がありました。
しかし、
辞意の時期についての質問に対しては相変わらずと言うか、「おいおい分かる」と答えており、私たち市民への謝罪や反省の気持ちが感じられない事はとても残念です。
平良市長を三期務め、宮古島市長に就任して三年余りの市長職であり、本来なら「御苦労様でした」と感謝申し上げるところですが、澱む水は腐り、長期政権による「権力は腐敗する」を市民に実感させた度重なる不祥事を思えば、「やっと宮古島も変る」かも知れないとの期待が残されただけかも知れません。
でもやっぱり「伊志嶺市長、長い間御苦労様でした」と申し上げさせて頂きます。
「本当にお疲れ様でした」
しかし、次の市長は大変ですヨ。
一身に泥をかぶり、嫌われ、憎まれる大改革が待ち受けています。
「まず、自分の給与から引き下げ、悩んで熱慮を重ね、すべてのデータを分析し、全機構の大改革を断行し、職員数をバッサリ半減する為の事業を多数実現し、完全無私公平公正な市民本位の行政を確立する!」
それでもあなたは市長になりたいですか?
豊かで平和で楽しい宮古島をつくる会
中山 誠
中山 誠
2008年12月01日
大恐慌の中、宮古島は変れるのか?
「今、世界中で百年に一度の大きな嵐が吹き荒れている」
と、日本の総理大臣や世界の首脳が深刻な顔で発言しています。
その割には、
対応の深刻さは感じられず、果断とも思えません。
結局は
しかし
「俺」も含めた政治家の責任であり、それを操る「財界」の責任であり、政策を作る「官僚」の責任である事は明白です。
更には、地方行政のリーダーと議員の責任であり、公務員の責任であり、長いものに巻かれ続けて来た、私たち庶民の責任です。
一党独裁の共産主義政治がほとんど失敗し、崩壊し、残る中華人民共和国も党員と党幹部は汚職にまみれ、利権に走り、人権を迫害し続けて大変な格差社会を増幅させていますので、崩壊するのは時間の問題だと思われます。
良かれ悪しかれ、現時点でのベターな政治システムは、多数決選挙による民主主義です。
しかし、
この民主主義による多数決選挙は、誕生から数百年を経て、党利党略優先政治となり、保守は大企業を優先し、革新は相変わらずイデオロギー的、観念的な姿勢は変らないように思えます。
アメリカの共和党、民主党は、保守、リベラルとそれぞれ呼ばれますが、日本の保守、革新とはちょっと違うようでそれぞれ国益優先であり、唯一の超大国、超軍事国家として、手前味噌の民主主義を“グローバル・スタンダード”として世界中に押し付けて来ました。
一介の自営業者に過ぎない私でさえも20年も前から「アメリカの“グローバル・スタンダード”」は空洞化したアメリカの実体経済を穴埋めする、都合の良い「金融市場主義」であり、「バーチャル経済」「ダブルスタンダード」であるから近い将来破綻する!」
と何度も述べて参りました。
あの「アジア経済危機」を招いた張本人と言われるヘッジファンド投資の王様、ジョージ・ソロスでさえも、「現代のファンド投資は読めない、リスクが大き過ぎる」と何年も前に撤退を宣言しました。
その様な中で、小泉元首相が「自民党をぶっ壊す」と華々しく誕生し、竹中金融担当大臣は「日本の金融経済は遅れている!」と金融市場主義を煽りました。
この二人が現在まで日本のリーダーだったなら、日本はもっと大火傷をした事でしょう。
幸か不幸か、
日本はバブルの後遺症に悩まされており、今回の「100年に一度の大嵐」サブプライムローン問題とリーマンショックによる世界大恐慌の中でも、比較的浅い傷で済みました。
とは言うものの、
あと数年は日本も世界的経済危機の影響を受け、沖縄、宮古島へもその余波は確実にやって来る事でしょう。既に日本の倒産件数は、毎月対前年比を上回り、増加を続けています。
私は「宮古島は徐々に景気は良くなり、数年後には石垣島に追いつく」と、かつて述べました。石垣市景観条令等による、石垣市の経済成長の鈍化は避けられず、観光客の流れ、経済の追い風は宮古島に向かうと考えたからです。
実際に大手企業による宮古島進出も続々と予定され、市場調査も頻繁に行われていました。
サァ、これからだ!と思う間もなく「サブプライム崩壊」「リーマンブラザーズ倒産」による世界金融危機、経済恐慌です。
さすがに素人ですから、ヘッジファンドによるバーチャル経済の崩壊は予想していたものの、時期までは読めません。
それより心配していたのは、北京オリンピック後の中国人民の不満の爆発や上海万博後の中国経済のバブル崩壊への危惧でした。
その後に初めてヘッジファンドの崩壊は来るだろうと考えていたので、宮古島への影響は4~5年掛かると思っていました。その間に宮古島へのかなり莫大な投資が行われ、好景気を迎えるとの読みでしたが、大分狂いました。
今回、再確認し学び直したのは、世界経済の流れをもっと厳しく読むこと、つまり世界の政治家や首脳のリーダーシップに期待し過ぎない事です。
更に世界の5大武器輸出国はアメリカを筆頭に、国連の常任安保理国の米・英・仏・露・中国と言う死のビジネスの醜い現実があります。
つまり、
国際政治もそれぞれ国家利権優先主義だという現実を忘れない事です。
今、アメリカは大不況の中、バラク・オバマ新大統領の誕生に唯一の希望を託しています。まさに民主主義の勝利を絵に描いたようなアメリカの奇跡とも言える黒人大統領の誕生です。
しかし、彼を待ち受けているのは“ジョン・F・ケネディ”当時の数倍とも言える大困難だらけです。ケネディは、リンカーン以外の私の好きな数少ないアメリカ大統領ですが、若くして凶弾に倒れましたので大きな実績は「キューバ危機」の回避程度です。
しかも当時のアメリカは、ソ連と並んで二大軍事国家ですが、世界一の経済大国でした。
現在は、世界一のスーパー軍事大国ですが、実体経済は疲弊し、かろうじて利ざやで稼ぐ金融国家に成り果てています。
そして、その金融市場主義は破綻し、数少ない実体経済も更に困窮しています。
イラク、アフガンでは想像を絶する軍事費を消耗し、他国の罪の無い民を何百万人も殺し、自国の若者を戦死させ、国内では失業者が増え続け、ホームレスも増え続けております。
そのような苛酷な社会情勢の中で、奇跡的に生れた「アメリカンドリーム」ですが、この困難を克服出来たとしたら、バラク・オバマは「人類最強の天才であり、救世主だ」と私は思います。
しかし、あの人種差別の国アメリカでさえも変ったのです。国民の意識が「このままではこの国は駄目になる」と変ったのでしょう。
「我々は出来る!イェス、ウィ、キャン!」
「共和党も民主党もない。白人も黒人もない。我々はアメリカ人だ!」
日本の首相、政治家にかつて彼のような政治家、リーダーがいましたか?
宮古島の市長や議員に、かつて彼のようなリーダーがいましたか?
私たち宮古島市民の本当の願いは「保守」でも「革新」でもないと思います。党でも組織でも労働団体でもない筈です。本気で市民本位の政治行政をして欲しい。と、私たち市民は願っています。
そして、行政予算の中で最も優先されるべきものは、「弱いもの、貧しいもの」を守ることであり、子供たちに充分必要な教育を与える事であり、老後を不安なく暮らせる事です。
その為にも3カ年間で76億円余と言われる、宮古島市の公共投資予算の配分が適正か否かを市民全員で分析する事がまず現状認識として重要だと私は考えております。
宮古島市誕生後だけでも、枚挙に暇がない程の不祥事を宮古島市行政は犯して参りました。挙句の果ては、市長も議会より告発され、勇退を強いられておりますが、「問題解決後にやめる」と匂わせた挙句、どうやら任期を全うするつもりのようです。
宮古島市長就任直後の選挙報奨と思える㈱吉野(下地米蔵社長)に対する「東平安名崎の入札なき異常に格安な土地売却」の時点で、本来なら市民よりリコール運動が起こされた筈です。しかし、市民は市長を信じたのです。
残念ながら、その後も続々と不祥事は続き、ついには「工事なき代金支払い」と言う、まさに汚職そのもの、業務上横領とも言える大事件を起し、議会もさすがに黙認できず告発に踏み切ったわけです。
もしも市長が末節を汚さない為に、最後の一年間で善政を行うと言うのであれば、逆に我が身に泥をかぶり、過剰な市職員の削減策を講じ、弱者優先、医療福祉、教育優先の予算配分を実現させ、ひいては中小零細業者の救済を図るべきです。
100年に一度の大嵐の中、宮古島という井戸の中もぬるま湯が煮詰まって来ており、私たち市民の生活も煮立って、ぎりぎり生存の危機の真っ只中です。
任期を全うしたい!とおっしゃるのでしたら、是非とも不必要なものは毅然として大掃除して合理的、効率的、公平公正な行政システムの改革を行い、市民が納得する予算案を構築実施して下さい。
「時間が無い!」「無理難題で困難だ!」とおっしゃるのでしたら「市民の為」と思い、潔く、辞任を決断される事をお願い申し上げます。
その後には、大嵐も宮古島発展への追い風と変ることでしょう。
と、日本の総理大臣や世界の首脳が深刻な顔で発言しています。
その割には、
対応の深刻さは感じられず、果断とも思えません。
結局は
「俺のせいではない」と思っているのでしょう。
しかし
「俺」も含めた政治家の責任であり、それを操る「財界」の責任であり、政策を作る「官僚」の責任である事は明白です。
更には、地方行政のリーダーと議員の責任であり、公務員の責任であり、長いものに巻かれ続けて来た、私たち庶民の責任です。
一党独裁の共産主義政治がほとんど失敗し、崩壊し、残る中華人民共和国も党員と党幹部は汚職にまみれ、利権に走り、人権を迫害し続けて大変な格差社会を増幅させていますので、崩壊するのは時間の問題だと思われます。
良かれ悪しかれ、現時点でのベターな政治システムは、多数決選挙による民主主義です。
しかし、
この民主主義による多数決選挙は、誕生から数百年を経て、党利党略優先政治となり、保守は大企業を優先し、革新は相変わらずイデオロギー的、観念的な姿勢は変らないように思えます。
アメリカの共和党、民主党は、保守、リベラルとそれぞれ呼ばれますが、日本の保守、革新とはちょっと違うようでそれぞれ国益優先であり、唯一の超大国、超軍事国家として、手前味噌の民主主義を“グローバル・スタンダード”として世界中に押し付けて来ました。
一介の自営業者に過ぎない私でさえも20年も前から「アメリカの“グローバル・スタンダード”」は空洞化したアメリカの実体経済を穴埋めする、都合の良い「金融市場主義」であり、「バーチャル経済」「ダブルスタンダード」であるから近い将来破綻する!」
と何度も述べて参りました。
あの「アジア経済危機」を招いた張本人と言われるヘッジファンド投資の王様、ジョージ・ソロスでさえも、「現代のファンド投資は読めない、リスクが大き過ぎる」と何年も前に撤退を宣言しました。
その様な中で、小泉元首相が「自民党をぶっ壊す」と華々しく誕生し、竹中金融担当大臣は「日本の金融経済は遅れている!」と金融市場主義を煽りました。
この二人が現在まで日本のリーダーだったなら、日本はもっと大火傷をした事でしょう。
幸か不幸か、
日本はバブルの後遺症に悩まされており、今回の「100年に一度の大嵐」サブプライムローン問題とリーマンショックによる世界大恐慌の中でも、比較的浅い傷で済みました。
とは言うものの、
あと数年は日本も世界的経済危機の影響を受け、沖縄、宮古島へもその余波は確実にやって来る事でしょう。既に日本の倒産件数は、毎月対前年比を上回り、増加を続けています。
私は「宮古島は徐々に景気は良くなり、数年後には石垣島に追いつく」と、かつて述べました。石垣市景観条令等による、石垣市の経済成長の鈍化は避けられず、観光客の流れ、経済の追い風は宮古島に向かうと考えたからです。
実際に大手企業による宮古島進出も続々と予定され、市場調査も頻繁に行われていました。
サァ、これからだ!と思う間もなく「サブプライム崩壊」「リーマンブラザーズ倒産」による世界金融危機、経済恐慌です。
さすがに素人ですから、ヘッジファンドによるバーチャル経済の崩壊は予想していたものの、時期までは読めません。
それより心配していたのは、北京オリンピック後の中国人民の不満の爆発や上海万博後の中国経済のバブル崩壊への危惧でした。
その後に初めてヘッジファンドの崩壊は来るだろうと考えていたので、宮古島への影響は4~5年掛かると思っていました。その間に宮古島へのかなり莫大な投資が行われ、好景気を迎えるとの読みでしたが、大分狂いました。
今回、再確認し学び直したのは、世界経済の流れをもっと厳しく読むこと、つまり世界の政治家や首脳のリーダーシップに期待し過ぎない事です。
更に世界の5大武器輸出国はアメリカを筆頭に、国連の常任安保理国の米・英・仏・露・中国と言う死のビジネスの醜い現実があります。
つまり、
国際政治もそれぞれ国家利権優先主義だという現実を忘れない事です。
今、アメリカは大不況の中、バラク・オバマ新大統領の誕生に唯一の希望を託しています。まさに民主主義の勝利を絵に描いたようなアメリカの奇跡とも言える黒人大統領の誕生です。
しかし、彼を待ち受けているのは“ジョン・F・ケネディ”当時の数倍とも言える大困難だらけです。ケネディは、リンカーン以外の私の好きな数少ないアメリカ大統領ですが、若くして凶弾に倒れましたので大きな実績は「キューバ危機」の回避程度です。
しかも当時のアメリカは、ソ連と並んで二大軍事国家ですが、世界一の経済大国でした。
現在は、世界一のスーパー軍事大国ですが、実体経済は疲弊し、かろうじて利ざやで稼ぐ金融国家に成り果てています。
そして、その金融市場主義は破綻し、数少ない実体経済も更に困窮しています。
イラク、アフガンでは想像を絶する軍事費を消耗し、他国の罪の無い民を何百万人も殺し、自国の若者を戦死させ、国内では失業者が増え続け、ホームレスも増え続けております。
そのような苛酷な社会情勢の中で、奇跡的に生れた「アメリカンドリーム」ですが、この困難を克服出来たとしたら、バラク・オバマは「人類最強の天才であり、救世主だ」と私は思います。
しかし、あの人種差別の国アメリカでさえも変ったのです。国民の意識が「このままではこの国は駄目になる」と変ったのでしょう。
彼は言いました。
「チェンジ!変えよう!」
と、
そして
「我々は出来る!イェス、ウィ、キャン!」
と!
更に言いました。
「共和党も民主党もない。白人も黒人もない。我々はアメリカ人だ!」
と国民の融合と一致団結を訴えました。
日本の首相、政治家にかつて彼のような政治家、リーダーがいましたか?
宮古島の市長や議員に、かつて彼のようなリーダーがいましたか?
私たち宮古島市民の本当の願いは「保守」でも「革新」でもないと思います。党でも組織でも労働団体でもない筈です。本気で市民本位の政治行政をして欲しい。と、私たち市民は願っています。
そして、行政予算の中で最も優先されるべきものは、「弱いもの、貧しいもの」を守ることであり、子供たちに充分必要な教育を与える事であり、老後を不安なく暮らせる事です。
その為にも3カ年間で76億円余と言われる、宮古島市の公共投資予算の配分が適正か否かを市民全員で分析する事がまず現状認識として重要だと私は考えております。
宮古島市誕生後だけでも、枚挙に暇がない程の不祥事を宮古島市行政は犯して参りました。挙句の果ては、市長も議会より告発され、勇退を強いられておりますが、「問題解決後にやめる」と匂わせた挙句、どうやら任期を全うするつもりのようです。
宮古島市長就任直後の選挙報奨と思える㈱吉野(下地米蔵社長)に対する「東平安名崎の入札なき異常に格安な土地売却」の時点で、本来なら市民よりリコール運動が起こされた筈です。しかし、市民は市長を信じたのです。
「あの伊志嶺亮が悪い事をする筈が無い!」
と。
残念ながら、その後も続々と不祥事は続き、ついには「工事なき代金支払い」と言う、まさに汚職そのもの、業務上横領とも言える大事件を起し、議会もさすがに黙認できず告発に踏み切ったわけです。
もしも市長が末節を汚さない為に、最後の一年間で善政を行うと言うのであれば、逆に我が身に泥をかぶり、過剰な市職員の削減策を講じ、弱者優先、医療福祉、教育優先の予算配分を実現させ、ひいては中小零細業者の救済を図るべきです。
100年に一度の大嵐の中、宮古島という井戸の中もぬるま湯が煮詰まって来ており、私たち市民の生活も煮立って、ぎりぎり生存の危機の真っ只中です。
任期を全うしたい!とおっしゃるのでしたら、是非とも不必要なものは毅然として大掃除して合理的、効率的、公平公正な行政システムの改革を行い、市民が納得する予算案を構築実施して下さい。
「時間が無い!」「無理難題で困難だ!」とおっしゃるのでしたら「市民の為」と思い、潔く、辞任を決断される事をお願い申し上げます。
その後には、大嵐も宮古島発展への追い風と変ることでしょう。
―We Can Change!―
中山 誠
2008年11月19日
夢は実現する!
平成20年11月8日
は、私にとって記念すべき日となりました。
西原の野原さんにお願いして11月3日に藩種した小麦が無事に発芽した日です。
5畝ほどの畑、縦35mほどの23畝の一面に黄緑色の新芽がスクスクと芽を出していました。
感動でした!30年来の夢の第一歩が始まったのです。
私は30年以上前から、いつか農業をやろうと決めていました。それもメインは小麦と大豆とパパイヤの3つをベースとして考えていました。
私の小学生の頃までは、宮古島でも在来種(原種)の小麦と大豆を作っていましたが、いつの頃からか耕作されなくなり、ついには種さえも探せない状況になっていました。
しかし、
ついに見つかったのです!
残念ながら宮古島ではありませんでしたが、
伊江島で1~2軒の農家が細々ながら在来種の小麦と大豆を作っているという情報が今年の夏にもたらされたのです。
しかも、
伊江島の土質は宮古島とまったく同じで、数百年来の伊江島の在来種はつまり宮古島の在来種と同じだと言うのです。
私はすぐに伊江島へと向かい、農協の方々やタクシーの運転手の皆さんの御協力により、その農家を訪ね、無理を承知でねばりにねばってお願いして小麦と大豆の種をそれぞれ1.5kgほど分けてもらいました。
すぐにでも植えたいのは山々ですが、植物には当然種まき時がありますので、待ちに待って11月3日に種まきが行われたのです。
その間、野原さんは種を何度も陰干しして乾燥させ、一升瓶に保管するなどして大切にあつかい、発芽までは心配のし通しだったそうです。
私が常々「在来種の小麦と大豆が宮古島農業と宮古郡民の救世主になる」と語っており、
「在来種の再生は、宮古島農業の革命であり、新時代への第一歩だ」と語るものですから、大変なプレッシャーだった様です。
皆さんはたかが小麦と大豆でオオゲサだ!と思うでしょうが、私は心からそれを信じており、私の本音なのです。
小麦は数千年前から人類の主食の中でも№1です。
小麦粉は
パスタになり、麺になります。(麺という字には麦が入っているでしょう)マカロニ、パン、そば、天ぷらの衣、チヂミ、ポーポー、うどん…まさに主食の王様です。酒だって造れるのです。
大豆は、
味噌、醤油、納豆、豆乳、豆腐、おから、グルテン…まさに副食と調味料の王様です。
そして、畑の肉と呼ばれるほどの豊富なたんぱく源です。
勿論、米も重要な食糧ですが、まずは小麦と大豆にしぼったのは、宮古島の水田の再開発には莫大なコストがかかるからです。将来的には陸稲を研究したいと思っています。
パパイヤは、
パパヤーゼ酵素(パパイン)を含む、有用な野菜と考え、30年程前に、当時の琉大農学部助教授だった比嘉照夫先生(EMの開発者)に相談し、一対一で講義をしてもらいました。
当時は誰一人パパイヤに着目する者もなく、先生もあきれていた程でしたが、今でも可能性のある食材だと思っております。現在では多くの方々が商品化して取り組んでおりますので、これも将来の課題にしておきます。
…という事で、小麦は無事に育って実れば20町歩以上の種となります。これを是非とも宮古島に広げていきたいのです。
大豆は来年2月の節分の日に藩種する予定です。これも初回分は種にしますので1年後には10町、20町分の種となる事でしょう。
希望する農家がどれ程いるかはまったく未知数ですが、この在来種、原種小麦と大豆を宮古島中に広げていきたいと願っています。
私は無農薬、有機栽培の宮古島の原種小麦、大豆から素晴らしい商品が生れると信じています。勿論、ベースの小麦と大豆以外の農作物の開発増産も目指したいと考えております。
皆さん御存知の様に
世界の人口は既に
を超えており、
そうです。
現在でさえ、日本の食糧自給率は40%程度ですが、
小麦、大豆の自給率はもっと低いのです。
世界の危機は食糧不足、エネルギー不足、水不足の三大危機と言われておりますが、今後は更に逼泊を続け、世界各地は大飢餓に見舞われる可能性は大きいのです。と、言うよりも、確実、必然と言っても過言ではないと思います。
私の夢であり目標は、
宮古島を食糧自給、エネルギー自給、水自給の島にする事
です。
その第一歩として、今年は㈱扶桑(ふそう)という農業生産加工の会社も立ち上げました。
水とエネルギーは海水よりマグネシウムを精製するプラントを宮古島に誘致できたなら解決します。行政主導で是非とも実現すべきです。
そして、まず農業生産革命を目指してありとあらゆる知恵を導入し、ひいては水産資源の増産と加工を実現します。
これらの事は宮古島行政が3ヵ年で76億円と言われる公共投資の中で優先的に取り組むならば、半ば実現したも同然なのです。
何度も述べて参りましたが、行政の基本は「最も弱い者、虐げられる者に光を当てる事」です。貧しい人々、弱い人々を探し、見つけ助ける事です。そして100年後に備え、子孫に安心と安全と希望を与え、夢を与えて、やる気「アララガマ魂」を育てる事です。
11月8日は私にとってはその芽出しの日となりました。
市民の皆さん、強く望み続ければ目標は達成され、夢は実現します。
は、私にとって記念すべき日となりました。
西原の野原さんにお願いして11月3日に藩種した小麦が無事に発芽した日です。
5畝ほどの畑、縦35mほどの23畝の一面に黄緑色の新芽がスクスクと芽を出していました。
感動でした!30年来の夢の第一歩が始まったのです。
私は30年以上前から、いつか農業をやろうと決めていました。それもメインは小麦と大豆とパパイヤの3つをベースとして考えていました。
私の小学生の頃までは、宮古島でも在来種(原種)の小麦と大豆を作っていましたが、いつの頃からか耕作されなくなり、ついには種さえも探せない状況になっていました。
しかし、
ついに見つかったのです!
残念ながら宮古島ではありませんでしたが、
伊江島で1~2軒の農家が細々ながら在来種の小麦と大豆を作っているという情報が今年の夏にもたらされたのです。
しかも、
伊江島の土質は宮古島とまったく同じで、数百年来の伊江島の在来種はつまり宮古島の在来種と同じだと言うのです。
私はすぐに伊江島へと向かい、農協の方々やタクシーの運転手の皆さんの御協力により、その農家を訪ね、無理を承知でねばりにねばってお願いして小麦と大豆の種をそれぞれ1.5kgほど分けてもらいました。
すぐにでも植えたいのは山々ですが、植物には当然種まき時がありますので、待ちに待って11月3日に種まきが行われたのです。
その間、野原さんは種を何度も陰干しして乾燥させ、一升瓶に保管するなどして大切にあつかい、発芽までは心配のし通しだったそうです。
私が常々「在来種の小麦と大豆が宮古島農業と宮古郡民の救世主になる」と語っており、
「在来種の再生は、宮古島農業の革命であり、新時代への第一歩だ」と語るものですから、大変なプレッシャーだった様です。
(ありがとう!)
皆さんはたかが小麦と大豆でオオゲサだ!と思うでしょうが、私は心からそれを信じており、私の本音なのです。
小麦は数千年前から人類の主食の中でも№1です。
小麦粉は
パスタになり、麺になります。(麺という字には麦が入っているでしょう)マカロニ、パン、そば、天ぷらの衣、チヂミ、ポーポー、うどん…まさに主食の王様です。酒だって造れるのです。
大豆は、
味噌、醤油、納豆、豆乳、豆腐、おから、グルテン…まさに副食と調味料の王様です。
そして、畑の肉と呼ばれるほどの豊富なたんぱく源です。
勿論、米も重要な食糧ですが、まずは小麦と大豆にしぼったのは、宮古島の水田の再開発には莫大なコストがかかるからです。将来的には陸稲を研究したいと思っています。
パパイヤは、
パパヤーゼ酵素(パパイン)を含む、有用な野菜と考え、30年程前に、当時の琉大農学部助教授だった比嘉照夫先生(EMの開発者)に相談し、一対一で講義をしてもらいました。
当時は誰一人パパイヤに着目する者もなく、先生もあきれていた程でしたが、今でも可能性のある食材だと思っております。現在では多くの方々が商品化して取り組んでおりますので、これも将来の課題にしておきます。
…という事で、小麦は無事に育って実れば20町歩以上の種となります。これを是非とも宮古島に広げていきたいのです。
大豆は来年2月の節分の日に藩種する予定です。これも初回分は種にしますので1年後には10町、20町分の種となる事でしょう。
希望する農家がどれ程いるかはまったく未知数ですが、この在来種、原種小麦と大豆を宮古島中に広げていきたいと願っています。
私は無農薬、有機栽培の宮古島の原種小麦、大豆から素晴らしい商品が生れると信じています。勿論、ベースの小麦と大豆以外の農作物の開発増産も目指したいと考えております。
皆さん御存知の様に
世界の人口は既に
67億人
を超えており、
2050年には90億人を超える
そうです。
現在でさえ、日本の食糧自給率は40%程度ですが、
小麦、大豆の自給率はもっと低いのです。
世界の危機は食糧不足、エネルギー不足、水不足の三大危機と言われておりますが、今後は更に逼泊を続け、世界各地は大飢餓に見舞われる可能性は大きいのです。と、言うよりも、確実、必然と言っても過言ではないと思います。
私の夢であり目標は、
宮古島を食糧自給、エネルギー自給、水自給の島にする事
です。
その第一歩として、今年は㈱扶桑(ふそう)という農業生産加工の会社も立ち上げました。
水とエネルギーは海水よりマグネシウムを精製するプラントを宮古島に誘致できたなら解決します。行政主導で是非とも実現すべきです。
そして、まず農業生産革命を目指してありとあらゆる知恵を導入し、ひいては水産資源の増産と加工を実現します。
これらの事は宮古島行政が3ヵ年で76億円と言われる公共投資の中で優先的に取り組むならば、半ば実現したも同然なのです。
何度も述べて参りましたが、行政の基本は「最も弱い者、虐げられる者に光を当てる事」です。貧しい人々、弱い人々を探し、見つけ助ける事です。そして100年後に備え、子孫に安心と安全と希望を与え、夢を与えて、やる気「アララガマ魂」を育てる事です。
11月8日は私にとってはその芽出しの日となりました。
市民の皆さん、強く望み続ければ目標は達成され、夢は実現します。
共に頑張りましょう!
~豊かで平和で楽しい宮古島市をつくる会~
中山 誠
中山 誠
2008年11月12日
土地改良区問題について
街のあちこちに土地改良区問題についてのポスターや垂れ幕や看板があります。
私のブログでも何回か取り上げて来ました。
土地改良区裁判問題ですが、
被告の土地改良区(仲間克理事長)は敗訴し、現在は控訴中のようです。おそらく、この裁判は最高裁まで争っても土地改良区側に勝ち目はないと私には思えるのですが、仲間克理事長ご自身は心から不当判決と思っているのでしょうか。
是非とも、その理由を新聞紙上にて公表し、私たち市民と農家の皆様を納得させてもらいたいものです。
この判決以外で土地改良区が問題になっている事は多々あるようです。この裁判も実際の当事者は当時の事務局長の座喜味一幸氏(現沖縄県議会議員)でした。
つまり、不当大量解雇という事務局長の独断人事が裁判では争われ、土地改良区は敗訴したわけです。そして、この裁判の最中に本来なら真の被告とも言える座喜味一幸氏は県議会議員に自民党と公明党の公認により立候補し、見事トップ当選しました。<span style="font-size:150%;line-height:150%;">まさに>『民主主義は一歩間違うと“衆愚選挙”となる!』の見本のようで悲しくなりました。
土地改良区の他の問題
というのは、
座喜味氏の個人口座に土地改良区の莫大な公金が5年間も移されていた事です。
これは本人も仲間克理事長も認めている事実ですが、「目的はあくまでも公金としての使用目的であり、一時的に便宜上個人口座を作り、移したもので問題はない」と一件落着です。
しかし、
その内の264,000円は使途不明だそうです。
銀行員が公金を自分の口座を作ってそこに移動し、バレたら「一時的に移しましたが、返済しました」で一件落着しますか!?
万引きした少年が「このお菓子や文房具が好きだから、しばらく持ち帰って後で返すつもりでした」でOKですか?
彼らは「認めるが問題はなし!」でおとがめなし…これって公務員の常識ですか!?
その他にも土地改良区の使途不明金は一億円近くもあるそうですが本当ですか?
平成12年から19年までに約4億円の補助金が土地改良区には交付されており、その上に市からも毎年約5000万円や県からも莫大な補助金が毎年交付されていると聞いております。
そこで9月定例議会で宮古島市議会は、これらの使途不明金問題について議長名で説明を要請しましたが「筋が通らない!」…つまり、「説明する義務はない!」と拒否されました。
市民の皆さん「こんな事があり得るのか?」と思うでしょう。土地改良区の偉い人々は「俺たちはアンタッチャブルだ!」「市長も市議会も無視しろ!」と思っているようですヨ。
補助金や交付金の使途は毎年公表するのが常識であり、議会どころか市民の要請があれば決算報告書を閲覧させ提供するのが常識だと私は思っていましたが、彼らは「自分たちの給料は勝手に決め、公金は自由に個人口座に移し、決算報告は拒否し、議会も市長も無視する」のが彼らの常識のようです。
ちなみに、土地改良区事務局長の給料は市長並か市長より多いとも聞いていますが、本当でしょうか?
さて、久々にこのように「ちょっと厳しい」意見を述べましたのも『無理が通れば道理が引っ込む』『長いものには巻かれろ』『喉元過ぎれば熱さを忘れる』『人の噂も65日』…と、いつの間にかこのような“大問題”ですら、市民に忘れ去られつつあるからです。
巨悪は庶民を確実に「馬鹿にしています!」金も力も勇気もない無力な輩ども!とナメているのです。
市民の皆さん「もの言わば唇寒し」「口は災いのもと」と考えずに「正しい事は正しい」「悪い事は悪い」とはっきりさせましょう。
そうしなければ、宮古島市は永遠に変らないし、駄目になり、腐ります。
経済的には戦後63年間豊かになったでしょう。しかし、競争社会は格差社会でもあり、今日、明日の生活費、薬代、子供の給食費…にも事欠く人々もたくさんいます。
税金や保険料を払わないのではない、払えない人もたくさんいます。行政と公務員の基本的な仕事の中で最重要な事は『社会の弱者や虐げられる人々を探し、見つけ、助ける事』です。
土地改良区の皆さん、真に農家の為に働いていますか?
正直申し上げて、私の聞いている情報ではすべてその真逆ですが、いかがでしょうか?
先の裁判では敗訴しました。この裁判費用は誰が持つのですか?
現在控訴中との事ですが、これらの費用は延べ数千万円にもなるそうですが、誰が支払うのですか?
土地改良区の公金を使うのですか?
仲間克理事長ですか?
それとも当時の責任者、座喜味一幸県議ですか?
「せめてこれだけでも知りたい!」と私たち市民と農家の皆さんは願っております。
私のブログでも何回か取り上げて来ました。
土地改良区裁判問題ですが、
被告の土地改良区(仲間克理事長)は敗訴し、現在は控訴中のようです。おそらく、この裁判は最高裁まで争っても土地改良区側に勝ち目はないと私には思えるのですが、仲間克理事長ご自身は心から不当判決と思っているのでしょうか。
是非とも、その理由を新聞紙上にて公表し、私たち市民と農家の皆様を納得させてもらいたいものです。
この判決以外で土地改良区が問題になっている事は多々あるようです。この裁判も実際の当事者は当時の事務局長の座喜味一幸氏(現沖縄県議会議員)でした。
つまり、不当大量解雇という事務局長の独断人事が裁判では争われ、土地改良区は敗訴したわけです。そして、この裁判の最中に本来なら真の被告とも言える座喜味一幸氏は県議会議員に自民党と公明党の公認により立候補し、見事トップ当選しました。<span style="font-size:150%;line-height:150%;">まさに>『民主主義は一歩間違うと“衆愚選挙”となる!』の見本のようで悲しくなりました。
土地改良区の他の問題
というのは、
座喜味氏の個人口座に土地改良区の莫大な公金が5年間も移されていた事です。
これは本人も仲間克理事長も認めている事実ですが、「目的はあくまでも公金としての使用目的であり、一時的に便宜上個人口座を作り、移したもので問題はない」と一件落着です。
しかし、
その内の264,000円は使途不明だそうです。
銀行員が公金を自分の口座を作ってそこに移動し、バレたら「一時的に移しましたが、返済しました」で一件落着しますか!?
万引きした少年が「このお菓子や文房具が好きだから、しばらく持ち帰って後で返すつもりでした」でOKですか?
彼らは「認めるが問題はなし!」でおとがめなし…これって公務員の常識ですか!?
その他にも土地改良区の使途不明金は一億円近くもあるそうですが本当ですか?
是非、使途不明金を公表して下さい。
平成12年から19年までに約4億円の補助金が土地改良区には交付されており、その上に市からも毎年約5000万円や県からも莫大な補助金が毎年交付されていると聞いております。
そこで9月定例議会で宮古島市議会は、これらの使途不明金問題について議長名で説明を要請しましたが「筋が通らない!」…つまり、「説明する義務はない!」と拒否されました。
市民の皆さん「こんな事があり得るのか?」と思うでしょう。土地改良区の偉い人々は「俺たちはアンタッチャブルだ!」「市長も市議会も無視しろ!」と思っているようですヨ。
補助金や交付金の使途は毎年公表するのが常識であり、議会どころか市民の要請があれば決算報告書を閲覧させ提供するのが常識だと私は思っていましたが、彼らは「自分たちの給料は勝手に決め、公金は自由に個人口座に移し、決算報告は拒否し、議会も市長も無視する」のが彼らの常識のようです。
ちなみに、土地改良区事務局長の給料は市長並か市長より多いとも聞いていますが、本当でしょうか?
さて、久々にこのように「ちょっと厳しい」意見を述べましたのも『無理が通れば道理が引っ込む』『長いものには巻かれろ』『喉元過ぎれば熱さを忘れる』『人の噂も65日』…と、いつの間にかこのような“大問題”ですら、市民に忘れ去られつつあるからです。
巨悪は庶民を確実に「馬鹿にしています!」金も力も勇気もない無力な輩ども!とナメているのです。
市民の皆さん「もの言わば唇寒し」「口は災いのもと」と考えずに「正しい事は正しい」「悪い事は悪い」とはっきりさせましょう。
一寸の虫にも五分の魂『アララガマ魂』です。
そうしなければ、宮古島市は永遠に変らないし、駄目になり、腐ります。
経済的には戦後63年間豊かになったでしょう。しかし、競争社会は格差社会でもあり、今日、明日の生活費、薬代、子供の給食費…にも事欠く人々もたくさんいます。
税金や保険料を払わないのではない、払えない人もたくさんいます。行政と公務員の基本的な仕事の中で最重要な事は『社会の弱者や虐げられる人々を探し、見つけ、助ける事』です。
土地改良区の皆さん、真に農家の為に働いていますか?
正直申し上げて、私の聞いている情報ではすべてその真逆ですが、いかがでしょうか?
先の裁判では敗訴しました。この裁判費用は誰が持つのですか?
現在控訴中との事ですが、これらの費用は延べ数千万円にもなるそうですが、誰が支払うのですか?
土地改良区の公金を使うのですか?
仲間克理事長ですか?
それとも当時の責任者、座喜味一幸県議ですか?
「せめてこれだけでも知りたい!」と私たち市民と農家の皆さんは願っております。
~豊かで平和で楽しい宮古島市をつくる会~
中山 誠





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