2009年01月08日
次期宮古島市長選挙へ立候補を表明するにあたり
市長とは
文字通り、市の長であり市民の代表として、宮古島市民すべての現在と未来の安全と繁栄を目指す義務を負う職務であると思います。
つまり、
すべての市民が生活に困窮しない事、すべての子供たちが望む教育を受けられる事。
すべての市民が怪我、病の治療を心置きなく受けられる事に常に心をくだき支える人物です。
市長はすべての市民が平和で安心安全に暮らせる社会環境実現の為の政策を遅滞無く立案実施し、中小零細の自営業、農業、漁業の経営改善と繁栄の為の政策を立案実施し、企業が新規に起業し、又、宮古島市に進出を希望するようにインフラを整備し、助成し、優遇策を講じる等の政策を立案実施して、宮古島市の未来恒久的な経済発展と市民の繁栄を実現させなければなりません。
そして、森林や雑木林、防風林を蘇(よみがえ)らせ、赤土等の海への流出を防ぎ、農毒薬や化学肥料の地下への浸透を防止して、汚染された環境を蘇らせ、地下水を永久不変に清らかに保たなければなりません。
仕事のすべては市民の為に減私奉仕する事であり、ここに私利私欲の入り込む余地はないと思います。
しかし、
過去、現在の宮古島市行政及び、市長の仕事への取り組みは「市民の為」の基本姿勢がなおざりにされ政策も大きく市民本位から乖離していると思います。
刮目(かつもく)して市の現状を見つめますと、不合理で偏った予算配分、利権争いと不祥事の続発etc…未来への希望どころか数年待たずに崩壊するのではないかと思わざるを得ません。
海は汚され魚貝は激減し、畑の土も死に、地下水も汚染を続けている宮古島市で、商業と工業、漁業、農業の後継者の育成の急務が叫ばれ続けて来ましたが、お先真っ暗の宮古島市の「儲からない現状と未来」に希望と夢を託す若者が果たして何人現れる事でしょう。
磯では魚どころかヒトデやイソギンチャク等の生物さえ見当たりません。
食用野草も薬草も残っているのはヤツウサとムツウサぐらいです。
蝶もトンボも減り、水スマシもゲンゴロウもいなくなりました。
夏の風物詩の蛍も見えず、うるさかった油蝉の声も聞こえず、カラスさえもいなくなりました。
今でさえ、既に宮古島市の自然環境は壊滅状態です。
10年後、100年後の宮古島市を想像して見て下さい。
楽園の島どころか虫の音も鳥の声もない沈黙の島かも知れません。
まして、
今世界は大恐慌寸前であり、食糧危機、エネルギー危機、水不足、人口爆発、民族紛争、テロの横行の中でついにアメリカ発金融危機による世界同時不況の真っ只中です。
そして今、
宮古島市ではこの危険で困難な世界情勢を我関せずとばかりに次期市長候補の選考委員会なるものが開かれ、新聞紙上を賑わせて来ました。」
「我こそは宮古島市の危機を救う!」
と名乗り出るのなら分かります。
「私を候補者にして下さい」と市長希望者が「選考委員会」に詣でるのを誰も不思議がりません。
市長を決めるのは市民の筈です。
党は党の利益を代行する者を選び、会派も組織団体も「市政奪還を目指す!」と叫び、平和と人権を標榜する革新も不祥事を続出させた「前市長の政策」を継続する者を選んだそうです。
それぞれ「市長選挙に勝つ事」が目的であり、「市民の為」「宮古島市の現在未来の為」の思いは見えず、「何の為に」「誰の為に」市長になるのかが置き去りにされているように私には感じられてなりません。
「金も要らぬ」「名もいらぬ」「地位や名誉もいらぬ」
すべては5万5千市民の為、宮古島市の未来を守る為に立つ!思いはこのひとつだけだ!との気概が残念ながら私には感じられません。
党や会派や組織団体の「市長の椅子取ゲーム」であり、市民不在の選挙活動としか思えてなりません。
私は19年間考え続け、特にこの3年間はブログや新聞投稿で訴え続けて「相応しい」市長候補者を探し求めて来ましたが、残念ながら現在名前のあがっている方々の中にはいないと思います。
この中の誰かが市長になっても宮古島市が変るとは思えないのです。
そこで、
私は19年間訴え続けて来た「市民の望む市長」に私がなろう、と決断いたしました。
勿論、
市長を決めるのは市民の皆さん、有権者の皆さんですが、私も覚悟を決めたからには不退転の決意で頑張ります。
とは言うものの、
党派の公認も組織団体の推薦も求めない単独立候補ですので活動には限界があります。一人でも多くの市民の皆さんの御指導と御支援を賜りましたなら幸いです。
以上を次期市長選挙への立候補にあたっての私の所信といたします。
文字通り、市の長であり市民の代表として、宮古島市民すべての現在と未来の安全と繁栄を目指す義務を負う職務であると思います。
つまり、
すべての市民が生活に困窮しない事、すべての子供たちが望む教育を受けられる事。
すべての市民が怪我、病の治療を心置きなく受けられる事に常に心をくだき支える人物です。
市長はすべての市民が平和で安心安全に暮らせる社会環境実現の為の政策を遅滞無く立案実施し、中小零細の自営業、農業、漁業の経営改善と繁栄の為の政策を立案実施し、企業が新規に起業し、又、宮古島市に進出を希望するようにインフラを整備し、助成し、優遇策を講じる等の政策を立案実施して、宮古島市の未来恒久的な経済発展と市民の繁栄を実現させなければなりません。
そして、森林や雑木林、防風林を蘇(よみがえ)らせ、赤土等の海への流出を防ぎ、農毒薬や化学肥料の地下への浸透を防止して、汚染された環境を蘇らせ、地下水を永久不変に清らかに保たなければなりません。
仕事のすべては市民の為に減私奉仕する事であり、ここに私利私欲の入り込む余地はないと思います。
しかし、
過去、現在の宮古島市行政及び、市長の仕事への取り組みは「市民の為」の基本姿勢がなおざりにされ政策も大きく市民本位から乖離していると思います。
刮目(かつもく)して市の現状を見つめますと、不合理で偏った予算配分、利権争いと不祥事の続発etc…未来への希望どころか数年待たずに崩壊するのではないかと思わざるを得ません。
海は汚され魚貝は激減し、畑の土も死に、地下水も汚染を続けている宮古島市で、商業と工業、漁業、農業の後継者の育成の急務が叫ばれ続けて来ましたが、お先真っ暗の宮古島市の「儲からない現状と未来」に希望と夢を託す若者が果たして何人現れる事でしょう。
磯では魚どころかヒトデやイソギンチャク等の生物さえ見当たりません。
食用野草も薬草も残っているのはヤツウサとムツウサぐらいです。
蝶もトンボも減り、水スマシもゲンゴロウもいなくなりました。
夏の風物詩の蛍も見えず、うるさかった油蝉の声も聞こえず、カラスさえもいなくなりました。
今でさえ、既に宮古島市の自然環境は壊滅状態です。
10年後、100年後の宮古島市を想像して見て下さい。
楽園の島どころか虫の音も鳥の声もない沈黙の島かも知れません。
まして、
今世界は大恐慌寸前であり、食糧危機、エネルギー危機、水不足、人口爆発、民族紛争、テロの横行の中でついにアメリカ発金融危機による世界同時不況の真っ只中です。
そして今、
宮古島市ではこの危険で困難な世界情勢を我関せずとばかりに次期市長候補の選考委員会なるものが開かれ、新聞紙上を賑わせて来ました。」
「我こそは宮古島市の危機を救う!」
と名乗り出るのなら分かります。
「私を候補者にして下さい」と市長希望者が「選考委員会」に詣でるのを誰も不思議がりません。
市長を決めるのは市民の筈です。
党は党の利益を代行する者を選び、会派も組織団体も「市政奪還を目指す!」と叫び、平和と人権を標榜する革新も不祥事を続出させた「前市長の政策」を継続する者を選んだそうです。
それぞれ「市長選挙に勝つ事」が目的であり、「市民の為」「宮古島市の現在未来の為」の思いは見えず、「何の為に」「誰の為に」市長になるのかが置き去りにされているように私には感じられてなりません。
「金も要らぬ」「名もいらぬ」「地位や名誉もいらぬ」
すべては5万5千市民の為、宮古島市の未来を守る為に立つ!思いはこのひとつだけだ!との気概が残念ながら私には感じられません。
党や会派や組織団体の「市長の椅子取ゲーム」であり、市民不在の選挙活動としか思えてなりません。
私は19年間考え続け、特にこの3年間はブログや新聞投稿で訴え続けて「相応しい」市長候補者を探し求めて来ましたが、残念ながら現在名前のあがっている方々の中にはいないと思います。
この中の誰かが市長になっても宮古島市が変るとは思えないのです。
そこで、
私は19年間訴え続けて来た「市民の望む市長」に私がなろう、と決断いたしました。
勿論、
市長を決めるのは市民の皆さん、有権者の皆さんですが、私も覚悟を決めたからには不退転の決意で頑張ります。
とは言うものの、
党派の公認も組織団体の推薦も求めない単独立候補ですので活動には限界があります。一人でも多くの市民の皆さんの御指導と御支援を賜りましたなら幸いです。
以上を次期市長選挙への立候補にあたっての私の所信といたします。
中山 誠
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