› 宮古島最後の楽園計画 › 「敗戦記」-388人の想い-2009年02月04日
「敗戦記」-388人の想い-
まずはアグとして
「敏彦おめでとう。三度目の正直で喜びに輝く君の顔を見るのは本当に嬉しいです。そして何よりも千鶴子さんの笑顔!僕までホッとしました。本当におめでとうございます。」
ただし、これからが本番の始まりです。宮古島市の厳しい現状を再建するのは並大抵ではありません。「天才か、大馬鹿者か、神様」にしか出来ない、と私は思います。
まさに、宮古島市の新市長になる事は「貧乏くじ」を引いたのに等しい、苦しい厳しい選択をした事だと思います。現状最悪の市の行財政を改革し、10年後、100年後の宮古島市の平和と繁栄を築き、美しい自然を蘇生させようと真剣に考えて、真面目に取り組むのなら、自分自身が泥をかぶり、汗をかき、血の小便を流し、時に嫌われ憎まれる数々の苦渋の決断が待っている事でしょう。
心からのエールを贈ります。
「敏彦!負けるなヨ!」
さて、初めての市長選挙を戦ってみて、私は大敗を喫しました。そこで今後に続くであろう若い世代の為に、私の経験した「宮古島市長選挙」の実状を述べてみたいと思います。
発端は、およそ20年前に遡(さかのぼ)ります。11年ぶりに帰って来た古里の現状は、「土建行政」の嵐の中でした。
土地改良区の美名の下に、山も森も水ヌンアブも、嶽さえも削られ、トゥリバーの、島で最大の魚の産卵場も埋め立てられて、大地はほとんど畑となり化学肥料と農薬で地下水の汚染も始まり、赤土と生活排水で浜も汚れ固まり、磯からは貝も魚も小動物類も激減し、死に絶えようとしていました。
「森を失った文明は、すべて崩壊した」歴史の証明への無知ですネ。
その後、誕生した革新行政でもこの流れは止まらず、自然環境の破壊と汚染は進み続けました。追い討ちをかけて、バブルが弾け弱小土建業は潰れ、西里歓楽街は閑古鳥が鳴き、宮古島市に不況の風が吹き続けました。
その頃現れたのが「下地敏彦支庁長」で私の幼馴染の友人であり、彼は沖縄県のバリバリのキャリアです。
私の目には、まさに「救世主」に映りました。
三年後に、彼を担ぎ出して「平良市長選挙」に挑戦しましたが、残念ながら敗れました。確実に勝てる選挙だったのにです。組織の怠慢です。
更に4年後の市町村合併による「宮古島市長選挙」に下地敏彦を立てて、再挑戦しましたが、400票余の僅差でまたも惜敗。前回以上にそれこそ100%勝てる選挙だったと思います。
しかし、この選挙で一番びっくりしたのが、伊志嶺亮市長が仇敵の下地米一元市長と下地幹郎代議士親子に支持を依頼して、推薦を得た事です。宮古島はじまって以来とも言われる激しい選挙で市長になった元祖「宮古島選挙」の米一元市長を「打倒金権政治」の旗を掲げて倒した本人が伊志嶺亮市長ですから、まさに「青天の霹靂」でした。
私も伊志嶺亮の人柄を信じ、最初の当選を心から喜んだ一人として信じられませんでした。
ここから私の考えは大きく変わりました。
無為無策とは言われても、伊志嶺亮市長は平和を愛し、人権を守る「人柄」の人であり、文化人の紳士として市民、特に女性には大きく信頼されて来ました。
その本人が「選挙に勝つ為」に掟破りのスタンドプレーの反則をしたわけです。何と申し開きをしても、市民の目で見れば完全なルール違反です。
つまり、
「選挙は勝たねばならない!」であり、「きれい事では選挙は勝てない!」を実行し「クリーン選挙」を標榜して来た権威が地に落ちた瞬間でした。
又しても「宮古島選挙」です。しかも今回の方が質が悪い。
その後、私は考え続けました。このような選挙が続く限り、宮古島市は崩壊する、と。
党や会派や組織をバックにして業者の献金や活動支援がなければ戦えない候補者は、結局「組織の為」「業者の為」の操り人形ではないか。彼らには真の市民への想いや宮古島を愛する気持ちが欠けている。と思ったのです。権力が腐敗すれば利己主義が蔓延します。
案の定です。
宮古島市はスタートから不正の続出、不祥事の続出です。乱れに乱れました。しかも、これらの不正も不祥事も時と共に忘れ去られ、誰も責任を追及する者も無く、責任を取る者も取らされる者もいません。
私は新聞にも度々投稿し、ブログでは徹底的に追及し続けましたが、「ピクリ」とも変化はありません。
そうこうする内に、土地改良区の大量首切り事件が裁判となり、更に業務上横領事件も勃発しました。首切り事件に関しては、原告勝訴で土地改良区は敗訴しましたが、その最中に責任者の事務局長が沖縄県議選挙に出馬して、トップ当選を果たしました。
ビックリです!これには市民の多くが「マサカダラー」と言っておりましたが、選んだのはまさに市民なのです。
私は、ますます組織力で勝つ「宮古島選挙」への疑問が大きくなりました。確かに私も知ってはいます。選挙とは組織力で勝つものだ、と。
しかし、本当は違う筈です。候補者の能力、人柄、政策で決めるべき選挙が候補者は誰でもいいのです。逆に組織や党や会派や業者の言う事を聞く人物の方が彼らにとっては絶対に都合がいいわけです。
さて、その後更に不正は続出し「未工事代金の不正受給と不正支出」事件ではついに三名の逮捕者が出ました。そして続いて伊良部支所長の公金横領による逮捕です。支所長とは以前なら伊良部町長ですから根は深いのです。
これら一連の不正と不祥事の責任を取って、ついに伊志嶺市長は昨年12月31日に辞任となりました。
「私は市長職が好きだった。だから皆さんの不祥事の責任を取って辞任する私の気持ちを考えなさい」と伊志嶺前市長は最後の挨拶をしました。
まるで「私は悪くないが君ら職員のせいで辞めるんだ」と言うのでしょうか?
しかも、
給与、ボーナスはしっかり貰い、退職金も3年分で一千万円あるそうです。辞めれば責任は取れたのですか?更に国、県への7千4百万円の返還については「市民に一切負担させない」と明言していたのに「税金で支払う」そうです。これってどう説明がつくのですか?
そして、次期市長選挙の告示さえ待たずに3ヶ月の慰安旅行です。まるでトンズラの逃亡にしか見えないのは私だけですか?本当に無茶苦茶のやりたい放題です。市民はこれだけ愚弄されても怒りません。更に市民を笑うかの如く、革新統一候補の条件は「伊志嶺行政を継承する者」だそうです。まるでジョークですヨネ。
私も昔、下地米一元市長を徹底的に攻撃していた頃は「中山はバリバリの革新だ」などと言われてもいましたが、もし私が革新ならば恥ずかしくて今は道も歩けないと思います。
革新の皆さん。地に堕ちた革新を捨てて、「宮古島市民」に戻りましょう。皆さんは「平和な革新行政の15年間」と言うのでしょうが、市民にとっては「失われた苦しみの15年間」ですよ。
私はその間に「行政改革の最後のチャンス」や「新市長候補者に望む事」などを投稿しブログでも啓蒙し、警鐘を鳴らして来ました。
要約すると、「組織と業者に捕らわれない、公平公正で市民の為に私利私欲を捨てて尽くし、子供たちの為に美しい自然を蘇らせ、夢と希望とやる気を与える人物」「まず弱者にこそ光を当てて、市民の幸福を第一に考え、市民の為の政策を優先して取り組む人物」が市長の資質として望まれる。と何度も述べて来ました。そして、どのような候補者が現れるのか、と期待して待ちました。
残念ながら「市長になりたい人物」は続々現れましたが、一人で立つ勇気のある者、市民と島の未来を守る情熱と信念のある人物は一人もいません。
当然と言えば当然かも知れません。かつて宮古島で組織のバック無しで戦った候補者の例がありませんから。皆、一人では票にならない、組織をバックにしなければ勝てない。と思い込んでいるわけです。まぁ、結果的には事実ですが…。
そこで皆、「選考委員会」詣でをして、「私が市長にふさわしい。私を候補者にして下さい」と頭を下げるわけです。「市民に頭を下げる必要は無い!」に等しい行動ですが、実際に組織と業者が票は集めてくれます。資金も援助し、活動も支援し、票集めに島の隅々まで部落という部落の一戸一戸まで、票集めに奔走してくれます。
まさに勝敗は組織力の差であり、資金力の差で決まる「宮古島選挙」です。
さて、選考委員会が始まると、革新は割れて新風会に移動し、新風会も割れて自公に移動し、選考にもれた者は勝手に旗揚げし、まさに「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」の世界を地で行く、裏切りの世界です。どちらが勝ち馬になるか?と業者も何とかOBも挙句の果ては労組さえも右往左往です。
面白いと思えばこれ程面白い猿芝居はないのですが、事は宮古島市の未来と存亡に関ります。
そこで、ついに私も立候補を決断しました。
私の争点は「組織選挙の弊害を問う選挙」であり、「組織を選ぶ選挙」なのか「市長の資質を問う選挙」なのかです。
「弱者に光を当て、市民の幸福と未来を守る」のか「業者主導、党派主導の選挙」なのかです。
次々と各候補者が記者会見を行い、出馬を表明します。
圧巻は、第一に「そうぞう・新風会陣営」で次に「自民・公明陣営」です。双方とも100人を超える支援者に囲まれて気勢を上げます。
その他の陣営もやはり大勢に囲まれて意気軒昂です。
そして私の番です。
一人ポツンと…でもやっぱり意気は軒昂です。
しかも、テレビカメラが2社、新聞が6社、他1社の計9社の取材です。質問が次々に飛びますが、何年も考えて来た事ですから、私の答えは明解です。時に真面目に時に爆笑で会見は1時間半を越えました。
最後の質問は「ところで運動員やスタッフは?」と聞きますので、「皆さん、心眼で見て下さい。私の両隣りと後に5万人の支援者とボランティアが見えませんか?」…と答えますと皆さん「納得!」と言って爆笑してくれました。
…と言う事で
私だけ、たった一人の記者会見でした。さすがに、幕は開いたのですからのんびりとはしておれません。ある候補者は既に出馬表明の翌日には街中にポスターが貼られていました。選考漏れから2日目ですから、私もエッ!?と目が点になりました。2日で印刷は不可能ですものネ?
その後、各候補者のポスターが次々と街中、島中に氾濫して行きます。ポスター、看板、のぼり、旗、横断幕etc…まさに島中埋め尽くす程です。
でも、私には実行できません。何故なら、旧態依然たる従来の「宮古島選挙」に異議を唱えての立候補です。
これらの掲示物はすべて選挙違反なのです。
各選挙事務所そのものが、選挙違反の見本市です。堂々とテレビにも映り、新聞にも写真が掲載されますが、平気の平左です。「赤信号みんなで渡れば恐くない」なのでしょう。警察からも、選管からも何度も警告が出されましたが蛙の面にションベンで全く減りません。
これでは、まさに「正直者は馬鹿を見る」そのものです。私はただ指を銜(くわ)えて告示の日まで何もせずに待ちました。
怠慢!?
いえ、選挙違反は絶対にしない!と決めたからです。
その間にも皆さんは戸別訪問、街頭での宣伝挨拶、道に並んで手を振るetc…、次々とパフォーマンスが繰り広げられますが、これもすべて選挙違反です。
選挙管理法「候補者の手引き」って誰が作ったのですかね。選管の掲示板のポスターと告示後の宣伝カー以外は、ほとんどすべてが告示前でも後でも選挙違反なのです。戸別訪問や隊列を組んでの街の練り歩きなども、告示前でも後でも当然選挙違反ですヨ。それにしても他の皆さんはよくも堂々と選挙違反が出来るものですネ。勝てば官軍ですか?選挙管理委員会も警察もなめられたものです。
さて、愈々告示日です。
やれやれ、やっとです。
私も朝から宣伝カーを出しました。出陣式の問い合わせが私にもありましたので、生まれ里の「神屋嶽で神様に、市民の幸福と島の平和繁栄を祈り、無事に告示日を迎えました。と感謝を捧げるのが、私の出陣式です。と答えました。当然ですが島の守り神の漲水嶽にもです。
翌日の新聞には、各陣営とも盛大な出陣式で気勢を上げ、私だけがポツンと神に祈りを捧げていました。
そして、出陣式の私の第一声は生まれ里の南公設市場の跡地での演説で口火を切りました。街を一周した後には早速、久松、下地、来間、上野、城辺…と部落と畑を巡りました。キビ刈りの季節ですから部落はほとんど人の姿は見えませんでしたが、畑で走り転げながら挨拶をしますと「宣伝カーは毎日10回も通るけど、畑の奥まで走って来たのは中山さんが初めてだ。ガンバレ!」と言ってくれます。
宮古島、来間島、伊良部島、池間島の畑を巡り、400名以上の農家の方々と触れ合う事が出来ました。おかげで、告示の日に下したての靴は一週間でボロボロです。畑の畝に足を取られながらの50mダッシュはメタボ対策には最高でした。
二日目は関節痛が起きましたが、三日目から最終日までは走り回る事ができ、予想外の自分の足腰に感謝です。
更にビックリして嬉しかった事は、田舎の80歳過ぎのオジー、オバーが「中山さん、私はアンタの新聞投稿のファンだからネ。ガンバレよ。」と言ってくれた事です。30代~50代ぐらいの方には何名か同じ事を言われ、それも当然嬉しかったのですが、80代は全くの想定外でしたので、本当に驚き、嬉しかったものです。
池間島や伊良部島ではあちらこちらでオジーやオバーと踊りました。本当に明るい逞しい踊りの好きなお年寄りでいっぱいです。彼らも言いました。「車から降りて来て踊りだす人は、アンタが初めてサー」と。そして子供たちは皆「マコト、マコト、マコトが変える…」と笑顔で一緒に歌ってくれ、ガンバレーと叫びました。きっと彼らの記憶にも残る事でしょう。
本当に楽しい楽しい一週間でした。
票差では大敗でしたが、「カーギはあんたが一番サー」と言って貰った事も大満足?でした。
63ヵ年の人生でもっとも楽しかった一週間かも知れません。
総決起大会も皆さん何百名とか、千名も集めたそうですが私は3名で盛り上がりました。最終日の打ち上げも私たちは妻と佐久田君と3名で漲水嶽と神屋嶽で無事終了を感謝して終えました。
市民の皆様。私は400名余の市民の方々と触れ合い、語り、共に踊って、388票の貴重な票を頂きました。
だからこそ、本音で「悔いはありません。満足です」と答えました。
この388票が種であり、芽を出し、たわわに実ってたくさんの種籾(たねもみ)となり、いつの日か宮古島に広がると信じています。しかも私は、こうも考えています。残念ながら、投票に来られなかった12,306人の市民の皆様は私の味方だったけど、何らかの事情で投票できなかったのだろう、と。その上、色々なしがらみで他の候補者に投票した方々の中にも、本当は中山誠の隠れ支持者は30%はいるのだ、と。良識ある市民はたった388人とは絶対に信じられませんからネ。
つまり、中山誠の真の得票は388+12,306+αだから本当は大組織と一人で戦って私は勝ったのだ、と考えております。
今回も当然の如く買収も花盛りだったようです。
田舎のごく親しい隣近所の者には、牛を潰して肉を配ったそうです。「何頭も牛を潰すので大変だった」と笑っていたそうです。米一俵が一票になった地区もあり、特に離島では今回も何と!3万円~5万円が一票の相場になったそうです。数百億円の市の公共工事予算の1%をピンハネしても、数億円ですから、やる人によっては市長こそ一番儲かるビジネスなのでしょう。一億円投資しても勝てば安いものですね。勿論、その時点では候補者当人には伏せて業者が買収を行う事もあり得るとは思いますので候補者の責任とは即断は出来ませんが…
ちなみに、人口の1800人余の与那国町長選では一票3万円はタクシー代と言い、最低額だそうです。本当ですかネ!?
…と言うわけで、
たとえ隠れ中山ファンでも宮古島市民は律儀ですから、心ならずも何か貰ってしまえばきちんとその人に投票するのですね。そしてもうひとつ「頼まれれば嫌と言えない」島人の辛さです。
しかし、今後はもし買収されてもその人は駄目な候補者ですから絶対その人には投票しないで下さい。
今、宮古島市の現状は危機に瀕して崩壊寸前ですが、良識ある市民は増えつつあるし、市民の一人一人がやがて立ち上がって宮古島市を守り、真の楽園を再建する日が来ると信じております。その日が本当の私の勝利の日です。市民が真剣に立ち上がれば本当に「市民の力で奇跡が起きる」と私は信じています。
私は今後も愛する宮古島市の為に縁の下で力を注いで行きます。
多分、政治の表舞台に出る事はもう無いと思います。社員や妻や支援者は4年後リベンジしよう!と真剣に励ましてくれますが、私はそうは思いません。
例え、388粒でも種は蒔いた。それを育てる為の水撒きや施肥は行うが、それは私の本業である事業を育て拡大する中での余力を注ぐ事であり、私にとっての政治の表舞台への挑戦は、これが「最初で最後のチャンス」だったと言う事です。少なくとも私と388人からの警鐘は市民の耳にも届いた、と信じております。
市の再建、政策も新聞投稿とブログで数々述べて来ました。今回も政策チラシ等で公表して来ました。勿論、今後も可能な限りの提言は行いますが、多分表舞台への再挑戦はありません。だからこそ、こうして「敗戦記」をしたためて、市民の皆様への私からのエールにしたいと考えました。勿論、私としては「新市長へのエール」でもあります。
私のこれまでの提言や政策には一次、二次、三次産業の基本、根本に係わるのもいくつかあります。すべての改革はその悪しき原因を取り除き根本こそしっかりさせて初めて改革も再建もできると考えております。
新市長とは幼馴染でもあり、これまでは彼を支援、支持して来た中でもあります。今回は組織選挙を否定する意味で私も立ち上がりましたが、重なる政策も多々あります。
是非とも私の提案も一考されて、より優れた政策を立案され、市民の為に最も必要な政策から優先的に実施される事を願い、388人の想いを込めて私の「敗戦記」と致します。
「敏彦、道は険しいが市民の為に頑張れ!」アグより
市民の皆様。本当にありがとうございました。宮古島市民が幸福になり、未来永劫平和と幸福が続く事を祈っております。
388票への感謝を込めて 平成21年1月26日マコトより
Posted by ま~ちゃん at 16:50│Comments(3)│TrackBack(0)
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この記事へのコメント
中山マコトに1票投じました。
ポスターが貼っていなかったからです。
でも、皆さんが書いておられるように、ブログの更新も選挙違反なのです。。。知らなかったのでしょうか?知らなかったとしても、更新をするときには、今までのコメントをお読みにならないのでしょうか?
それに対して、何のコメントもなさらないということで、「やっぱりこの人も宮古を変えようなんてのはムリだったな!」と確信してしまいました。
「私の1票を返していただきたい!」と思ってしまうほど、残念な気持ちです。
ポスターが貼っていなかったからです。
でも、皆さんが書いておられるように、ブログの更新も選挙違反なのです。。。知らなかったのでしょうか?知らなかったとしても、更新をするときには、今までのコメントをお読みにならないのでしょうか?
それに対して、何のコメントもなさらないということで、「やっぱりこの人も宮古を変えようなんてのはムリだったな!」と確信してしまいました。
「私の1票を返していただきたい!」と思ってしまうほど、残念な気持ちです。
Posted by 1/388 at 2009年02月05日 00:09
ポスターごときで票を決めるなんてレベルが低いとわたしは感じますけどね。
政策をよまなかったんですか?
敏彦さんは抵抗が大きい学校統廃合までどうどうと掲げていました。
実際市長になってからも敏彦さんはちゃんと改革を進めています。ちゃんと宮古を変えます。
ポスターで票を投じるような人間の票で宮古はかえられない。
政策をよまなかったんですか?
敏彦さんは抵抗が大きい学校統廃合までどうどうと掲げていました。
実際市長になってからも敏彦さんはちゃんと改革を進めています。ちゃんと宮古を変えます。
ポスターで票を投じるような人間の票で宮古はかえられない。
Posted by 東風平 at 2009年02月09日 14:50
ポスターごときで票を決めるなんてレベルが低いとわたしは感じますけどね。
政策をよまなかったんですか?
敏彦さんは抵抗が大きい学校統廃合までどうどうと掲げていました。
実際市長になってからも敏彦さんはちゃんと改革を進めています。ちゃんと宮古を変えます。
ポスターで票を投じるような人間の票で宮古はかえられない。
政策をよまなかったんですか?
敏彦さんは抵抗が大きい学校統廃合までどうどうと掲げていました。
実際市長になってからも敏彦さんはちゃんと改革を進めています。ちゃんと宮古を変えます。
ポスターで票を投じるような人間の票で宮古はかえられない。
Posted by 東風平 at 2009年02月09日 14:50




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