魔物は、いっぱい世の中に満ち溢れていると言うのだ。
目には見えないが、人間も常にそれに取り囲まれて狙われているわけだ。
例えば俺は、人の欲には数限りなくあって、油断大敵だといつも思っているが、詐欺師野郎たちは人の良さなんかすぐ見抜くようで、俺ももう何回騙されたか分らない程だ。
好事魔多しで、調子が良い時に限ってそれを煽る奴も現れて、こいつ等はみんな好人物の仮面を被ってやって来るので、俺みたいなアホはすぐそいつらに乗せられ騙されるわけで、何度も騙されて失敗し、大損害を何度出したか分らないものだ。
兎に角、人を騙す奴はみんな詐欺師であり、俺が最初に騙されたのが、サンエーを育てて沖縄一の大企業にして、折田喜作はそのおかげで沖縄一の大企業のオーナー、社長となったわけだが、その経営者でオーナーであるので、自分でサンエーを創業して、ここまで育てあげたと証明したかったのか、結局俺を騙してサンエーの歴史の中に、中山誠の名前は一切出てこないわけで、もう何十年にもなるが、あの日、サンエーの歴史と言う小冊子を持って来てくれた人がいて、ふーんと流石に興味を持って中を読んでみると、そのサンエーの歴史の中に中山誠がいた痕跡はどこにも全くなかった時には、もう呆れたものだ。
ま、喧嘩別れした前の妻節子が、今はサンエーの大株主の一人になっていた時に、”サンエーの成功は誠さんのおかげかも知れないね”、と或る日言っていたと言うので、一応節子も離婚したことも少しは後悔しているかも知れないなとも思ったもんだが、その、”かも知れないね”、の、”かも”、とは一体なんだと、節子の負けず嫌いな性格にも呆れたわけだが、和子、富子は、誠兄さんの実績を認めることは、父の折田喜作の実績を否定することにもなるわけで、一生誰にも一言も俺の話はしないだろうなと思ったものだ。
ましてや、俺とは一度しか会っていない当時の義理の兄の俺の実績の実感なんかまるでない、筆頭大株主の折田譲治は、俺ともう一度合わない限り何の思い出もないわけで、つまり一度も俺の実績を感じたこともないわけだ。
ま、折田喜作の次に社長を引き受けた上地哲誠が、一番折田喜作命でやってきたわけで一番知ってはいるが、やはり認めたくないわけで、俺がいなくなってNo.2になっていた北野哲は、やはり折田喜作の逆鱗に触れたようで専務を辞めさせられて、独立してイオンタウンの中に4店舗もテナントを出して、イオンマックスバリューの経営陣とも仲良く楽しんでもいたが、60歳そこそこで脳出血で死んだわけだ。
ま、最終的には、俺とは仲良くやっていただけに残念だった。こうして俺の親しかった奴は、親友の当銘由市も、新田栄輝も、初恋の女性の、沖縄初のハーフの女性で、俺が倒産後に、誠の面倒みてもいいよと言ってくれた喜友名貴美枝も、みんな60歳そこそこで脳出血で死に、俺も68歳で脳出血で倒れて、4〜5日も意識不明で死地を彷徨っていたわけで、この60代で脳出血でやられる人が一番多いわけで、最近では若年性脳出血まであると言うのだ。
もう、奇病難病が発生するのも花盛りで、枚挙にいとまのない今日この頃のご時世だ。
魔物は世の中にいっぱいいると言うので、心は常に清く正しく美しく持ち続けていき、生きていかないといけないわけだが、そういう人のいい人柄に付け込むのが詐欺師だから厄介だ。
ただ、色々な情報のメッセージは魂でどんと来るようなので、やはり結界の中で受けるしかないようだ。
ま、普通は数少ない選ばれた霊能者にしかその結界の中での魂のメッセージは受けられないわけだが、ま、33年前から中山(ちゅうざん)は宮古島の結界の中にあると俺は勝手に信じてきたわけで、美ら美ら(ちゅらちゅら)も事務所もマンションも、その中にあるのだと信じているわけで、あの一角が宮古島の結界だと固く信じて33年にもなるわけだから、宮古島中のいい奴ばかり集まる居酒屋と言うわけだ。
ところで、宮古島も、日本全国、今は周辺は全部敵国のようなもので、それだのに弱腰の日本の政治家は、第二次世界大戦では日本は周辺国に対して悪いことをしたと言う始末だから、アジアの為に戦ったとしか思っていない俺からすれば言語道断だな。
しかも一番面倒を見た朝鮮は、今では日本を恨んでいて、まさに、”恨”、の国の面目躍如だ。
そして一度も日本とは戦っていないくせに戦勝国ぶる中華人民共和国を名乗る支那も、いかに日本が支那に悪いことをしたかと幼少期からの教育で吹き込む始末で、これじゃ大多数の中国の民衆は、ほぼ全員反日になるわけだ。
日本の数10倍、数100倍も悪いことをしたのが中国共産党で、今も新興ウイグルでもチベットでも何百万人もの人民を殺しまくっているわけで毛沢東以下の連中で、これまで殺したのは6000万人とも7000万人とも言われていて、悪の国は支那であり、200を越える人民は、その弾圧の下で暮らしているわけだ。
この辺で毅然として悪い風潮は断ち切らないといけないわけで、弱腰、ヘッピリ腰のへつらい外交しか出来ない日本の政治家も一掃して、次々と毅然とした政治家を育てる人々が目覚めるのを待っている今日この頃ってわけだ。
ま、小名木善行や、櫻井よしこや、心ある人々が目覚めているのは頼もしいが、何せ櫻井よしこなんか俺と同年生の昭和20年生まれで、ま、若々しいがもう歳だしなー。
次の世代に期待するか。
じゃあな。
2024年10月12日
人生波乱万丈!73歳脳出血後遺症と共に歩む中山誠氏の思い出話が面白い。
中山誠氏の思い出話しが面白い。本当に、相当面白いのだ。これだけの波乱万丈な人生を送ることができる人が、いったいどれだけいるのだろうか?そしてこの物語(思い出)には、戦後沖縄の歩んで来た歴史の中で起こる様々な出来事ともとても関連が深い。現代の沖縄史といっても過言ではないのか…