6月から9月頃が、トウモロコシは旬のようだが、25年以上前に、宮古島のどこかでトウモロコシを育てている農家に行ったことがあって、その育てている農家が、そのトウモロコシは生でも美味しく食べれると言うので、ふーんと思って、畑から取ってきたばかりの、少し生白いトウモロコシをガブリと食ってみたら、柔らかくてジューシーで、甘いのでびっくりしたことがあるが、一度しか行ったことはないので、もうそこの場所はすっかり忘れてしまい、今もたまに思い出そうと考えることがあるが、やっぱり思い出せないのだ。
つまり、花畑の半分程はアロエベラしか植えてなくて、空き地のままに、しょっちゅう草がボーボーと生えているのだが、そこに、その生食出来るトウモロコシの種類を植えたいなーと考えているのだ。
6月から9月までの夏の真っ盛りの時は、庭の半分はトウモロコシ畑になるのも、俺にとっては結構ロマンチックな花畑みたいなものだ。
何か昔、中国か韓国が舞台の、そういうトウモロコシ畑で、恋の芽生えたロマンチックな映画を見たことがあるような気がするが、それもやはり25年以上前だったような気もするのだ。
ま、トウモロコシは健康にとても良い作物らしいので、宮古島の農協で、その種が手に入るか一度行って聞いて見よう。
もしくは、YouTubeの通販で、その種が手に入らないかなー。
ま、直美に頼んで聞いてもらうとするか。
何故か今朝は、ずっとトウモロコシ畑に風が吹いて、ザワザワとトウモロコシが騒がしく揺れている夢で目が覚めたので、以前はよく、生食出来る、柔らかくて甘いトウモロコシの農家を、思い出す努力をしたことを思い出していたのだった。
何かトウモロコシ畑の恋の歌もあったような気もするが、あと2ヶ月足らずで80歳になるが、気持ちは18歳のままなので、中学3年生で恋に落ちた、ハーフの喜友名貴美枝も60歳そこそこで死んだけど、時々思い出すし、あとは小禄栄子や兼島とも子のことも時々思い出すし、ま、5年生の時の山田みさ子や、中学3年生の時の副級長の、頭の良い可愛い子の名前はもう忘れてしまったが、ま、可愛い素敵な子だったが、恋とはちょっと違うし、ま、やはり最初の恋、初恋は、中学3年生の時の喜友名貴美枝だろう。
倒産後の俺の面倒を見てもいいよと言ってくれたのに、貴美枝とも清く正しく美しい恋のままだったし、最初の妻の節子とは9年で別れてしまったし、今は45年間も直美一筋と言うわけだ。
じゃあな。
2025年4月24日
人生波乱万丈!73歳脳出血後遺症と共に歩む中山誠氏の思い出話が面白い。
中山誠氏の思い出話しが面白い。本当に、相当面白いのだ。これだけの波乱万丈な人生を送ることができる人が、いったいどれだけいるのだろうか?そしてこの物語(思い出)には、戦後沖縄の歩んで来た歴史の中で起こる様々な出来事ともとても関連が深い。現代の沖縄史といっても過言ではないのか…